確かに今はそんな気分じゃない。

どうしてなのか、肇はめちゃくちゃ悪口みたいなことばっかり言うし。

浅井先輩は、あたしのこと褒めまくるし…


〈先輩に褒められて嬉しいんでしょ?先輩なら、肇みたいに悪口言ったりしないし、女の子として大事にしてくれるはずだよ?〉


付き合うことに賛成のあたしは、そう囁く。

でも、付き合うことに反対のあたしは、こう呟いた。


〈でも、肇がここまで止めるのって、絶対に何かあるときだよね…?いいの?肇のこと無視して〉


確かに、肇は間違ったことは言わない。


でも……あたし、女の子だよ?


溢れそうなあたしの本音を聞きつけた"あたし"が、一瞬ニヤリと笑う気配がした。


〈女の子として愛されたいよね?〉


うん


〈つぐみみたいに、彼氏欲しいよね?〉


うん


〈答えはもう、出てるんじゃない?〉





「あたし、先輩と付き合いたいです」

「和香ちゃん…!ありがとう」


先輩はまた、ふんわりと微笑う。

この人が今からあたしの彼氏。

ぽんっとあたしの頭に乗せられた先輩の手は、大きくて温かかった。

太陽がまた雲の間から顔を出す。

…それなのに、次に背中で浴びた声は、寒さに凍えるようだった。


「……和香」

「…ごめん、肇」


表情を見ようと振り返ると、冷たく光るレンズに阻まれた。


「……勝手にしろ」



そう吐き捨てるように言って、早足で生徒会室を出て行った後ろ姿は、酷く切なかった。

追いかけそうになって、戸惑う。

あたしは先輩を信じて、先輩を選んだんだから、今更、肇を追いかけることは出来ない。

……でも、鉛のように重いものが胸に溜まっていくようで。

気がつけば、手を強く握りしめていた。



「和香ちゃん、この後時間ある?」

「……」

「和香ちゃん…?」

「あっはい!年中暇人ですよ!!」

「……っぷ、あははっ、そんなに元気に暇って言う人初めて見たよ」


楽しそうに笑う先輩に合わせてあたしも楽しそうに笑うけど、



最後まで、肇の表情は分からなかった。