「和香ってさぁ、彼氏いるでしょ」

「っは!?いないいない」


竹林道に入って数分、松本くんはいきなり恋バナを仕掛けてきた。

手と首をフルに使って否定したけど、彼は納得していないご様子。


「でも、そんだけ可愛いけりゃ、絶対モテるって~」

「…1年の頃は告白されることもあったんだけどね…イメージと違ったとか言われてフラレることもあったし」


もう、苦笑いしか出来ない。

しかも肇がいるから、肇を彼氏だと思われて告白されないパターンもあったと思う。

…クラスの恋バナ好きな女子にも何度か言われた、新田さんと是永くんって付き合ってるの~って。

あたしと肇はクラスは違ったけど、肇は有名人だから、一緒にいることで妬まれることもあったし。

妬んで突っかかって来る女子なんてこれっぽっちも怖くなかったけど、さすがに暴力系は肇が助けてくれた。

肇と一緒にいて大変だったことはそりゃ山ほどあるけど、あたしのことを、あたし以上に分かってくれて、いつだって先回りして助けてくれた。

一緒にいるのが当たり前で。

……近すぎて気づけなかった自分もいたけど…

一番あたしらしくいられるのは、肇の隣だから。


「……か、和香聞いてる?」

「っえ、あ、ごめん!」

「俺と付き合わない?」

「……は、」


思わず足が止まってしまう。

必然的に、手を繋いでる松本くんも一緒に立ち止まった。

松本くんって、こういう冗談言う人だっけ…?

ポカンと口を開けて固まっていると、松本くんは、真剣な顔なのか真顔なのか分からない顔で、二言目を放つ。

夏の夜風に、竹がさわさわと揺れた。

雲が月を覆っていく。

遠くで悲鳴のような声が聞こえる、けれども静かな竹林道は、途端に視界が悪くなった。


「俺じゃダメかな…?」

「…いや、その



「ダメに決まってんだろ」



聞こえた声が時を止めて、次の瞬間何も見えなくなった。

鼻先にはツルツルとした布の感触、背中には馴染みのある体温を感じる。

呆然と動けないまま、松本くんの情けない悲鳴が聞こえた。


「ひぃっ!!」

「今夜のデザートは渡せない。他を当たれ、松本」

「…あれ、お前…是永…?」

「ああ、早く行けよ」

「は?」

「こいつはお前とは付き合わない」

「はっ、なんでお前が決めるんだよ」


「…聞こえなかったのか?

今夜のデザートは、こいつ。
他を当たれ。

こいつ以外、和香以外なんて要らねぇん
だよ」



……松本くんを追い払う言葉だってわかってる。

ちゃんと、わかってるよ。

あのキスも、ネックレスも、この言葉も、あたしに淡い期待ばかりを投げかけるけど、そこに恋愛感情は無い。


肇は今、どんな顔してるんだろ。


きっと、ううん、絶対、自信たっぷりの見下すような笑顔を浮かべてるんだろう。

見えないのに、見えてしまって。


つぐみからのメッセのこととか。

ネックレスのこととか。

その言葉の意味とか。

あたしのこと、どう思ってるかとか。


聞きたいことは山ほどあるのに、ただ肇の顔が見たくて、抜け出した。

思った通り、あたしは後ろから抱きしめられるようにマントの中に隠されていた。

外に出て一番最初に目にしたのは、少し怯えたような、憤るような松本くんの顔。

そして、雲から抜け出した月。


振り返れば……――――――


「っあ、おい!バカ!」

「やっぱり!」

「は?」


長く艷やかな黒マント。

突き出た八重歯。

異形の耳。

白い月に照らされて浮かび上がるあなたは、美しい吸血鬼だった。

息を飲むほどに洗練されたオーラ。

勝ち誇ったような、でも少し残念そうな笑顔は、あたしの知ってる唯一無二の幼なじみ。


「今年も怖がらないのかよ…」

「当たり前じゃん。あたしが肇に気付かないと思う?」

「…たぶん、俺もお前ならすぐ気づける」


そうやって柔く笑い合って。
それは久しく見なかった、"あたしたち"だった。