それから、半ば放心状態のまま次に来た電車に乗って、我が家を目指した。


意識がはっきりしてくると、だんだん、ニヤけてきた。


………キス、だよね。

あれは、完璧なるキスだよね…?

唇じゃないけど、でも、でも…!!!


思わず足踏みをしそうになる。

思い出すだけで、どこかふわふわと、浮ついた気持ち。


自然と上がる口角を必死に隠して、電車に揺られた。

窓から見えるのは、遠くの山に半分以上沈んだ太陽の残光。

後ろ髪を引かれる太陽も、もうすぐ気配さえ消して、暗闇が訪れる。

腕時計を見ると、もう時刻は6時を回っていた。




我が家の最寄り駅に着くと、家までは徒歩で15分かかるか、かからないか程度。




丁度夕飯時だからか、道には誰もいない。

ごくたまに、自転車に乗った部活帰りらしき学生やら、仕事帰りのサラリーマンとすれ違うくらいだ。


でもそのおかげで、存分にニヤニヤ出来る!!

もう口角はゆるっゆる。

何ならスキップまでしそうなくらい、浮ついていた。


あそこの角を曲がれば、もう我が家が見える。

今日は、ママもパパも午後から出掛けていて、今夜は帰ってこない。


お熱いことで~

でも、前ほど恨めしくないかも♪


気を抜くと、鼻歌まで披露しそう。


そして曲がり角を曲がった瞬間。

目の前は全部真っ黒。

ん?あれ、温かい……人!?


「っわ!!………あれ?肇?」

「あぁ、おかえり」

「…いや、お帰りじゃないから……」

「家帰んないの?」

「いや、違うから、ってかめんどくさいな!」

「ふっ、意外と元気そうじゃねぇか」


全身真っ黒の人は、よく見れば肇だった。

そう言えば、肇の私服はほとんど黒だった……

モテるのに全くオシャレを追求しない男、是永 肇。

それなのに、スタイルの良さと無骨な色が相まって、むしろスタイリッシュさを醸し出してくる。

相変わらず憎いヤツ。


つい先輩と比べるあたしは、肇が何気なく繋いできた手にビックリした。


「あっつ!!!!何これ!?!?」

「あぁ、風邪引いた」

「いや、これ明らかにヤバいから!早く帰るよ!!」


明らかに平熱は超えてる。

ってか、あたしのこと避ける為に嘘吐いてるんだと思ってたのに……


「その前にお前んち」

「なんで…!!おい病人!!」

「壮也(そうや)さんに、お前が遅いようなら迎えに行ってやって欲しいって頼まれたんだよ。大丈夫だよ。隣だろ」

「……でも、」

「お前んち誰もいないだろ。何かあったら壮也さんにも京花(きょうか)さんにも申し訳ないから、家入るとこまで見る」


~~~~もうくそ真面目!!

こうと決めたらテコでも動かないその性格、ここで発揮するべきじゃないから!!


「……あ~もう……わかったけど、無理しないでよねぇ?」


コクリと頷く肇。


……ねぇ、


「なんで手繋ぐの?」

「お前逃げそうだから」

「はぁ?逃げてたのはそっちでしょ」

「いいからちょっと我慢しろ」

「仕方ないなぁ……」