雪道を十五分歩き駅に着くと、見慣れたコートの女子高生が、この寒い中ホームにあるベンチの横で立ったまま本を読んでいた。
「おはよう」
声をかけると、その子は本を閉じて、「おはよう」と俺を見た。
前髪を綺麗に揃えたショートヘア、薄い化粧は俺のためにしてくれているらしい。細い目は地味なメガネによって少し大きく見える。文学少女と呼ぶのに相応しい女の子。俺の幼馴染であり恋人でもある、佐千原陽子だ。
「別に読んでてもいいんだぞ」
「いつでも読めるもん」
「そうか」
自分からすすめておいてなんだが、そう言ってくれて良かった。まあ、そういう返答が来るのを分かってたのにわざと言ったのだが。こういう反応が好きなのだ、俺は。
「陽子の高校の子、行方不明になったんだってな」
「え、そうなの?」
陽子はわざとらしく驚いて見せた。
「ニュースでやってたぞ」
「知らなかった」
「少しは興味持った方がいいと思うが」
「ニュース嫌い」
「知ってるけどさ……」
せめて自分の周りの出来事くらい知っていてほしいものだ。これほど世間に疎いと、本当にいつか陽子が誘拐される日が来るのではないだろうか。
「気になることは空が教えてくれるし」
「俺はなんでも知ってるわけじゃないぞ」
むしろ知識の量は陽子の方が多い。全国にいる文学少女の成績が必ずしもみんな良いとは限らないが、陽子は見た目通りに頭が良い。単純に成績が良いだけではなく、頭の回転が速い。付き合い始めてから一度だけ口喧嘩したことがあるが、それ以降俺は陽子を怒らせないように努めている。理由は言うまでもないだろう。
「さっきは何の本読んでたんだ?」
陽子は本を取り出して表紙を俺に向けた。どうやら洋書らしく、作者名がカタカナで書かれている。普段本をほとんど読まない俺には、さっぱり聞き覚えのない作者である。
俺が本にそれほど興味がないことを知っているからか、陽子は本を鞄にしまった。
「寒い」
唐突にそんなことを言って、隣に並んで俺の手を握る陽子。俺もその手を握り返す。
「ちょっと汗ばんでる」
「ほっとけ」
クスクスと笑う陽子に、俺もつられて笑う。
「お待たせいたしました。間もなく、一番ホームに列車が到着します――」
アナウンスが流れ、電車が到着する。二人席がちょうど空いていたのでそこに座ることにした。
「ねえ、空。今日はどうするの?」
「勉強?」
「そう。何だかんだあと一年で受験だからね。今のうちからしっかり勉強しないと」
それに期末試験もあるし、と陽子は付け足した。
「そうだな……昨日は遊んじゃったし、今日は勉強するか」
「うん。じゃあいつも通り、メモリーズね」
メモリーズとは、俺たちがよくいく地元のカフェのことである。落ち着いた雰囲気の店で、勉強していても追い出されないし、何より店主が良い人なのだ。陽子は中学の頃からよく行っていたそうだ。
「毎度毎度悪いな」
「別に、勉強嫌いじゃないし」
気を遣ってそう言っているのかと昔は思っていたが、そんなことはない。陽子は本当に勉強が嫌いじゃない、というか好きだ。中学の頃なんて学校で勉強している印象しかなかったくらいだ。
それほどに学ぶことが好きな陽子だが、母子家庭で金銭面に余裕がなく、大学へは行かないそうだ。俺の家庭環境と交換してやりたいくらいだ。
そうこうしているうちに、電車からアナウンスが流れてきた。
「じゃ、また放課後ね」
「ああ、また後でな」
陽子と俺の通う高校は、駅一つ分離れている。陽子の方が家からは近い。
陽子は電車から降りると、俺の乗っている座席をちらっと見て、小さく手を振った。俺もそれに倣って小さく手を振る。
たぶん、今の俺の顔はとても気持ちの悪い顔になっているだろう。
「おはよう」
声をかけると、その子は本を閉じて、「おはよう」と俺を見た。
前髪を綺麗に揃えたショートヘア、薄い化粧は俺のためにしてくれているらしい。細い目は地味なメガネによって少し大きく見える。文学少女と呼ぶのに相応しい女の子。俺の幼馴染であり恋人でもある、佐千原陽子だ。
「別に読んでてもいいんだぞ」
「いつでも読めるもん」
「そうか」
自分からすすめておいてなんだが、そう言ってくれて良かった。まあ、そういう返答が来るのを分かってたのにわざと言ったのだが。こういう反応が好きなのだ、俺は。
「陽子の高校の子、行方不明になったんだってな」
「え、そうなの?」
陽子はわざとらしく驚いて見せた。
「ニュースでやってたぞ」
「知らなかった」
「少しは興味持った方がいいと思うが」
「ニュース嫌い」
「知ってるけどさ……」
せめて自分の周りの出来事くらい知っていてほしいものだ。これほど世間に疎いと、本当にいつか陽子が誘拐される日が来るのではないだろうか。
「気になることは空が教えてくれるし」
「俺はなんでも知ってるわけじゃないぞ」
むしろ知識の量は陽子の方が多い。全国にいる文学少女の成績が必ずしもみんな良いとは限らないが、陽子は見た目通りに頭が良い。単純に成績が良いだけではなく、頭の回転が速い。付き合い始めてから一度だけ口喧嘩したことがあるが、それ以降俺は陽子を怒らせないように努めている。理由は言うまでもないだろう。
「さっきは何の本読んでたんだ?」
陽子は本を取り出して表紙を俺に向けた。どうやら洋書らしく、作者名がカタカナで書かれている。普段本をほとんど読まない俺には、さっぱり聞き覚えのない作者である。
俺が本にそれほど興味がないことを知っているからか、陽子は本を鞄にしまった。
「寒い」
唐突にそんなことを言って、隣に並んで俺の手を握る陽子。俺もその手を握り返す。
「ちょっと汗ばんでる」
「ほっとけ」
クスクスと笑う陽子に、俺もつられて笑う。
「お待たせいたしました。間もなく、一番ホームに列車が到着します――」
アナウンスが流れ、電車が到着する。二人席がちょうど空いていたのでそこに座ることにした。
「ねえ、空。今日はどうするの?」
「勉強?」
「そう。何だかんだあと一年で受験だからね。今のうちからしっかり勉強しないと」
それに期末試験もあるし、と陽子は付け足した。
「そうだな……昨日は遊んじゃったし、今日は勉強するか」
「うん。じゃあいつも通り、メモリーズね」
メモリーズとは、俺たちがよくいく地元のカフェのことである。落ち着いた雰囲気の店で、勉強していても追い出されないし、何より店主が良い人なのだ。陽子は中学の頃からよく行っていたそうだ。
「毎度毎度悪いな」
「別に、勉強嫌いじゃないし」
気を遣ってそう言っているのかと昔は思っていたが、そんなことはない。陽子は本当に勉強が嫌いじゃない、というか好きだ。中学の頃なんて学校で勉強している印象しかなかったくらいだ。
それほどに学ぶことが好きな陽子だが、母子家庭で金銭面に余裕がなく、大学へは行かないそうだ。俺の家庭環境と交換してやりたいくらいだ。
そうこうしているうちに、電車からアナウンスが流れてきた。
「じゃ、また放課後ね」
「ああ、また後でな」
陽子と俺の通う高校は、駅一つ分離れている。陽子の方が家からは近い。
陽子は電車から降りると、俺の乗っている座席をちらっと見て、小さく手を振った。俺もそれに倣って小さく手を振る。
たぶん、今の俺の顔はとても気持ちの悪い顔になっているだろう。
