思い出の空

 薄っすらと目覚めつつあった体に、慣れた振動が伝わってきた。

「ブー、ブー」と、一定のリズムで鳴るその振動は、俺を覚醒させるには十分だった。

 俺は振動の元である携帯を手に取り、画面を指でなぞった。振動が止んだのを確認してから携帯をベッドに置きなおす。

 カーテンの隙間からは微かに光が漏れている。現在時刻は六時半。この時期の北海道はこの時間でも日は登りきっていない。そのせいで寝坊することもしばしばある。

 スウェットを着替えないまま部屋を出て、階段を下りて洗面所に向かう。

「空、おはよう」

 台所では、母さんが料理をしていた。朝食はリビングにあったから、きっと俺と父さんの弁当を作ってくれているのだろう。

「おはよう」

 俺は小さく返事をして、顔を洗う。顔をあげると、鏡には寝癖のついた俺がうつっていた。逆立った寝癖にグレーのスウェット、加えて寝起きのこの表情を見ると、俺はまるでヤンキーか何かのようである。いや、そんなこと言ったらヤンキーに失礼かもしれない。でも、俺の中のヤンキー像はこんな感じだ。昨日間違って眉毛を剃りすぎたのも柄が悪く見える要因の一つだろう。

 俺は水と櫛を使って無理矢理寝癖を直した。直りきらない部分はあとで帽子でもかぶっておけばいいだろう。

 洗顔を終え、テレビをつけて定位置に座る。食事は俺の分だけだ。父さんはどうやら早出だったらしい。白いご飯に味噌汁、傍らにはふりかけが置いてある。簡素な朝食だが、このくらいがちょうどいい。

「――北高校の女子生徒が、一昨日の夕方から行方不明となっています。近隣の住民の話によると、一昨日の晩、彼女がコンビニに行ったのを見た、という情報も入っており――」

 北高は陽子の通う高校だ。誘拐なのか家出なのかは定かではないようだ。誘拐だとしたら、ぞっとしない話だ。もしも陽子が誘拐でもされたら、夜も眠れない。

「陽子ちゃん、最近元気?」

 母さんもテレビを観ていたのだろう。俺の幼馴染であり彼女でもある陽子のことが気になるのだろう。

「元気」

 顔も見ないで一言で済ます。母さんは、「そう」とだけ言って料理に戻る。

 俺はどうやら、最近反抗期らしい。母さんの何でもない一言が気になって仕方がないのだ。今だって、一人の女の子が行方不明になったというのになぜ陽子のことを聞き出すのだ、と考えてしまった。陽子のことは俺も考えていたというのに。

 そうして自分にイラついて尚更機嫌が悪くなる。悪循環だ。

 俺はテレビを消して早々に食事を終えた。

 歯磨き、着替えを済ませたあたりでいつも弁当が完成する。俺は無言で弁当を鞄に入れて、そそくさと家を出て行った。