親子の絆とは、どのくらい深いものなのだろう。言ってしまえば、親子というのは血の繋がり以外は他人と何も変わらない。生みの親がもしも子供が生まれたばかりの時に子を捨てたとして、それでも親子の絆を感じるとは思えない。
親子の絆は、一緒にいるから出来るものだ。そして、その絆は人それぞれ違うもの、だと思う。
我が家はどうだっただろうかと考えると、小学校の高学年の頃のエピソードを思い出す。
佐千原陽子という、俺の幼馴染がいる。陽子は小学生の頃、大人しいのをいいことにいじめっ子のターゲットになっていた。俺は、そんな陽子を庇うことが何度かあったのだ。
俺はそれなりに上手くやっていた方の子供だったけど、ある日勢い余っていじめっ子を押し倒してしまったのだ。
押し倒した子は、突き指になった。大したことはない。スポーツをするような子だったら突き指なんて日常茶飯事だ。一週間も経てば治るものだった。
だが、怪我をさせた相手が悪かった。そいつの親は、俗に言うモンスターペアレンツというやつで、異常といえるほどに子供に甘かった。そして、ママ友の柱だった。だから、大した怪我じゃなくても大騒ぎだ。
当然、怪我をさせた本人に会わせろという流れになった。
担任は学校側でことを済ませようとしていたが、押し切られてしまい結局俺と怪我したいじめっ子、それと両方の母親が学校に集まった。
「空君、いいかい。怪我させたこと、謝るんだよ」
担任の先生は、優しい先生だった。そして、臆病でもあった。ことを穏便に済ませるため、親が来る前に俺にそんなことを耳打ちしてきたのだった。
いじめっ子君はというと、ばつが悪そうに俺と担任の様子を見ていた。俺といじめっ子君は別に仲が悪いわけではなかった。たまに昼休みに他の子たちと一緒にサッカーをすることもあった。だから、俺とどう接していいのか分からなかったのだろう。
母親も来て、校長まで出てきて、放課後の教室で対面した時、
「謝りなさい! この子に、怪我させたこと!」
と、いじめっ子君の親は開口一番そう言ってきた。
正直、もうとっくに謝っていたし、これ以上話を面倒くさくしたくなかったから、俺はすぐに謝ろうとした。
母さんは、それを静止した。
え? と俺は母さんの顔を見た。母さんは、「大丈夫」と、笑ってみせた。
「子供がいる前で怒鳴るのはやめませんか?」
母さんは、ゆっくりと、はっきりと、落ち着いた口調で言った。
「自分の子供が怪我したのに黙っていられるわけないでしょう!」
立ち上がっていじめっ子の母は言う。それでも、母さんは動じない。
「私の息子が怪我をさせてしまったことは、謝ります。申し訳ありません」
「怪我させたのはあなたじゃなくてそこの子供でしょう! 私はその子から謝罪の言葉を聞きたいんです」
「もう、当人同士で話し合ったそうですよ」
「それがどうしたってのよ。何度でも謝りなさいよ!」
「そうする必要はありますか?」
「あるわ」
「分かりました」
そう言って、母さんは椅子から立ち上がり、椅子を後ろに移動した。
そして、土下座した。
「怪我させてしまい、申し訳ありませんでした」
「あ、お母さん、ちょっと、そこまでせんでも……」
校長も驚いて立ち上がってしまった。
「だから私は、あなたではなく息子に――」
「私の息子も、あなたの息子も、もう怒っていません。謝罪も求めていません。謝罪を求めているのはお母さんだけです。私の息子を巻き込まないでください。私はあなたが満足するまで謝ります。ですから、もう息子たちは帰してあげませんか? 親の怒っている顔なんて、見たい子供はいません」
「私は、あなたの息子に……」
相手の親は段々と声が小さくなっていた。
いじめっ子君が、俺に目で合図する。
俺はいじめっ子君と一緒に教室を出た。
教室を出るとすぐに、
「ごめん」
と、いじめっ子君は謝ってきた。
「もういいよ。この前も話したし」
それから俺たちは教室の前で親が出てくるのを待っていた。怒鳴り声は、教室を出てからは一切聞こえてこなかった。
十分程度でみんなが教室から出てきた。いじめっ子君の親は、俺に目を合わさないようにして、いじめっ子君の手を引いてそそくさと帰っていった。
「待たせちゃったね。帰ろっか」
母さんは、笑顔だった。
校長と担任に謝罪されながら俺たちは学校を出た。いったい俺たちが待っていた十分の間、どのような話をしていたのだろう。
「今日、何か食べたいものある?」
何事もなかったかのように、母さんは普段と同じ話題を持ち出した。
「お母さん、どうして謝ったの?」
だから俺は、あえてその話題を無視した。ちゃんと知っておきたかったからだ。母さんの考えを。
「空は悪くない。空が謝る必要はない。だからお母さんが謝っただけ」
「でも、お母さんだって悪くないよ? 悪いのは――」
「誰が悪いかなんて、どうでもいいのよ」
母さんは立ち止まり、しゃがんで俺と目線を合わせた。
「謝らせようと思えば、向こうのお母さんに謝らせることだってできたかもしれない。虐めの事実を突きつけて、証拠を持ってきたら相手が平謝りしてきたかもしれない。でも、そんなことしたって、誰も嬉しくないでしょう」
誰よりも――空が嬉しくないでしょう、と、母さんは続ける。
「空、空にはね、幸せでいてほしいの。誰にでも優しく出来て、誰からも愛されるような、そんな子になってほしいの。あなたの名前は、そんな意味も込めてつけたのよ」
「……うん、分かった」
「空、大好きよ」
母さんは、俺を抱っこして歩き始めた。もう、抱っこされて帰るような歳ではないのだが。それでも、この時ばかりは抱っこされたまま帰ったのだった。
親子の絆は、一緒にいるから出来るものだ。そして、その絆は人それぞれ違うもの、だと思う。
我が家はどうだっただろうかと考えると、小学校の高学年の頃のエピソードを思い出す。
佐千原陽子という、俺の幼馴染がいる。陽子は小学生の頃、大人しいのをいいことにいじめっ子のターゲットになっていた。俺は、そんな陽子を庇うことが何度かあったのだ。
俺はそれなりに上手くやっていた方の子供だったけど、ある日勢い余っていじめっ子を押し倒してしまったのだ。
押し倒した子は、突き指になった。大したことはない。スポーツをするような子だったら突き指なんて日常茶飯事だ。一週間も経てば治るものだった。
だが、怪我をさせた相手が悪かった。そいつの親は、俗に言うモンスターペアレンツというやつで、異常といえるほどに子供に甘かった。そして、ママ友の柱だった。だから、大した怪我じゃなくても大騒ぎだ。
当然、怪我をさせた本人に会わせろという流れになった。
担任は学校側でことを済ませようとしていたが、押し切られてしまい結局俺と怪我したいじめっ子、それと両方の母親が学校に集まった。
「空君、いいかい。怪我させたこと、謝るんだよ」
担任の先生は、優しい先生だった。そして、臆病でもあった。ことを穏便に済ませるため、親が来る前に俺にそんなことを耳打ちしてきたのだった。
いじめっ子君はというと、ばつが悪そうに俺と担任の様子を見ていた。俺といじめっ子君は別に仲が悪いわけではなかった。たまに昼休みに他の子たちと一緒にサッカーをすることもあった。だから、俺とどう接していいのか分からなかったのだろう。
母親も来て、校長まで出てきて、放課後の教室で対面した時、
「謝りなさい! この子に、怪我させたこと!」
と、いじめっ子君の親は開口一番そう言ってきた。
正直、もうとっくに謝っていたし、これ以上話を面倒くさくしたくなかったから、俺はすぐに謝ろうとした。
母さんは、それを静止した。
え? と俺は母さんの顔を見た。母さんは、「大丈夫」と、笑ってみせた。
「子供がいる前で怒鳴るのはやめませんか?」
母さんは、ゆっくりと、はっきりと、落ち着いた口調で言った。
「自分の子供が怪我したのに黙っていられるわけないでしょう!」
立ち上がっていじめっ子の母は言う。それでも、母さんは動じない。
「私の息子が怪我をさせてしまったことは、謝ります。申し訳ありません」
「怪我させたのはあなたじゃなくてそこの子供でしょう! 私はその子から謝罪の言葉を聞きたいんです」
「もう、当人同士で話し合ったそうですよ」
「それがどうしたってのよ。何度でも謝りなさいよ!」
「そうする必要はありますか?」
「あるわ」
「分かりました」
そう言って、母さんは椅子から立ち上がり、椅子を後ろに移動した。
そして、土下座した。
「怪我させてしまい、申し訳ありませんでした」
「あ、お母さん、ちょっと、そこまでせんでも……」
校長も驚いて立ち上がってしまった。
「だから私は、あなたではなく息子に――」
「私の息子も、あなたの息子も、もう怒っていません。謝罪も求めていません。謝罪を求めているのはお母さんだけです。私の息子を巻き込まないでください。私はあなたが満足するまで謝ります。ですから、もう息子たちは帰してあげませんか? 親の怒っている顔なんて、見たい子供はいません」
「私は、あなたの息子に……」
相手の親は段々と声が小さくなっていた。
いじめっ子君が、俺に目で合図する。
俺はいじめっ子君と一緒に教室を出た。
教室を出るとすぐに、
「ごめん」
と、いじめっ子君は謝ってきた。
「もういいよ。この前も話したし」
それから俺たちは教室の前で親が出てくるのを待っていた。怒鳴り声は、教室を出てからは一切聞こえてこなかった。
十分程度でみんなが教室から出てきた。いじめっ子君の親は、俺に目を合わさないようにして、いじめっ子君の手を引いてそそくさと帰っていった。
「待たせちゃったね。帰ろっか」
母さんは、笑顔だった。
校長と担任に謝罪されながら俺たちは学校を出た。いったい俺たちが待っていた十分の間、どのような話をしていたのだろう。
「今日、何か食べたいものある?」
何事もなかったかのように、母さんは普段と同じ話題を持ち出した。
「お母さん、どうして謝ったの?」
だから俺は、あえてその話題を無視した。ちゃんと知っておきたかったからだ。母さんの考えを。
「空は悪くない。空が謝る必要はない。だからお母さんが謝っただけ」
「でも、お母さんだって悪くないよ? 悪いのは――」
「誰が悪いかなんて、どうでもいいのよ」
母さんは立ち止まり、しゃがんで俺と目線を合わせた。
「謝らせようと思えば、向こうのお母さんに謝らせることだってできたかもしれない。虐めの事実を突きつけて、証拠を持ってきたら相手が平謝りしてきたかもしれない。でも、そんなことしたって、誰も嬉しくないでしょう」
誰よりも――空が嬉しくないでしょう、と、母さんは続ける。
「空、空にはね、幸せでいてほしいの。誰にでも優しく出来て、誰からも愛されるような、そんな子になってほしいの。あなたの名前は、そんな意味も込めてつけたのよ」
「……うん、分かった」
「空、大好きよ」
母さんは、俺を抱っこして歩き始めた。もう、抱っこされて帰るような歳ではないのだが。それでも、この時ばかりは抱っこされたまま帰ったのだった。
