思い出の空

 何年も前の話。覚えているのが不思議なほど昔の話だ。

 俺はお絵描きをしていた。父さんは仕事で、母さんは家事で忙しそうにしていたから、家事が終わるまでの暇つぶしに、何を描きたいわけでもなく、何かを描いていた。

 その頃の俺にとって、世界というのは狭いものだった。小さい頃なんて、誰もがそうだろう。

 行くところすべてが新鮮なのは、狭い世界を段々と広げているからだ。子供は自由に出歩けない。そういう意味で、俺の世界は狭かった。

 だが、子供の世界は狭いかわりに、いくらでも想像することが出来るのだ。頭の中に大人が知る以上の、もう一つの世界を持っている。その世界は、無限大だ。

 その無限の可能性を、俺はこの時紙に描いていたんだ。

「空、何を描いているの?」

「おかあさん、みてー」

 家事が終わったらしい母さんに、俺は描いていた落書きを見せた。

 その絵を今、はっきりと思い出すことはできない。まだ母さんが保管しているかもしれないけれど、わざわざ出してもらおうとは思わない。

 ただ、その時の母さんの反応だけは、今でもはっきりと覚えている。

 母さんは、泣いたのだ。

 泣いて、俺を抱きしめていた。

「ありがとう、ありがとう……空は、空だけは――」

 そういって、母さんはより一層俺を強く抱きしめた。

 どうして母さんは、そんなに泣いていたのだろう。

 俺はいったい、どんな絵を描いたのだろう。

 聞けばいい。でも、俺は聞かない。

 その理由は単純だ。単純で、愚かだ。

 恥ずかしい、ただそれだけだった。