思い出の空

 とある春の日。いや、はっきりと、高校の入学式と言っておこう。

 新生活の始まりのその日は、祝いの日とはかけ離れた、そして何より季節外れの雪の日だった。時期が時期だけに、重たいみぞれだった。中にはびしょ濡れになって入学式に参加する生徒もいた。

 そんなびしょ濡れの中の一人が、入学式の体育館の中、俺の後ろに座っていたのだ。

 びしょ濡れのそいつは、校長先生が静かに話す中、少し気を遣いながら鼻をすすっていた。そりゃあ、これだけびしょ濡れなら寒いに決まっている。明日風邪をひいてもおかしくはない。

「これ、使えよ」

 だから俺は、持ってきていたポケットティッシュを丸ごとあげた。まだ挨拶もしていない二人の初めての会話だ。

「お、さんきゅー」

 よく見ると、そいつは結構な男前だった。何かスポーツをやっていそうな顔つきと体格。短い髪は濡れたせいか少し垂れている。

 そいつは、俺からもらったティッシュで盛大に鼻をかんだ。今まで静かに鼻をすすっていたのが噓のような豪快さだ。

 俺は思わずくすっと笑ってしまった。

「すまんな。中途半端だと気持ち悪いから」

 そういって、もう一度豪快に鼻をかむ。

 普段だったらそんなに面白いことでもないのだが、この時なぜか俺はこいつの鼻をかむ行為がツボに入ってしまい、声を押し殺すので精いっぱいだった。

「もう一発、いっとく?」

「やめろ、俺の腹筋が死ぬ」

 笑い声を押し殺しているせいで声が震えている。本当に、なぜこんなくだらないことにツボってしまったのか、我ながらわからない。

「俺、菅野恭二、よろしくな」

 唐突にそいつ、恭二は自己紹介をしてきた。だから俺もそれにならった。

「俺は晴野空。よろしく」

「ずびー」

「やめろって言ってんだろ」

 俺はこらえていた笑いを遂に開放してしまった。

 そして、このあと担任に怒られた。