聞き間違いかと思った。
そんな、まるで小説を書く事を辞めるような言い方。
『…藤田、先生……?』
『驚かせてしまったかな?私ももう歳だからね、今回の作品で作家というものを引退しようと決めていたんだ』
どうして…?
やっと藤田先生の名前が知られてきたのに。
まだこれからだって、藤田先生なら売れる小説を書く事が出来るはずなのに。
何故?どうしてこのタイミングで……
『この作品は、私と水城くんだったからこそ書けた物語りで、私だけではここまでとはいかなかった。』
だから、だからこそ今この時に私は作家を辞めたいだ。
この最高なタイミングでね。
そう言った藤田先生の手は、ペン蛸があって作家の証だったと証明しているようだった。
きっと先生は、気付いていたのかも知れない。
何も言わなかったけれど、時折俺のスーツの内ポケットに視線を向けていた事は知っていた。
