「はい、アウトです」
「え?」
「まず公式が間違っています。だから、答えがあうはずありません」
「どれの話?」
「これです」

学級委員である私は、学年1頭の悪い男子生徒に、数学を教えることになった。
ことの始まりは、夏休み明けの日。
こいつをつれて私の前にやって来た先生が言ったことばは、「こいつを進級できるようにしてくれ」だ。
こいつもバカの癖に進級はしたいらしく、毎日放課後欠かさず私のもとへ訪れ、大嫌いだという数学の教科書を開いていた。
「はい、アウトです」
それが、私の口癖になっていた。
意外に覚えがいい。
ただ単に、学習の方法がわかっていなかっただけのはなし。その方法を教えたら、どんどんわかるようになっていった。

気がつけば、もう半年もたっている。
この分なら進級できるだろう。
私としても、教えていたのに進級してもらえないのは悲しすぎる。

-ゴトン

さっき教えたところは間違えずにできただろうか?
私は自分用の苺オレと、あいつようのお茶を買い、教室に戻った。
彼は一生懸命に机に向かっている。
私はいつも通りこいつの前の席に座る。
「うん、あってます」
そう呟くと、こいつは少しだけ口角をあげた。
その顔が好きだった。それに気がついたのは、こいつだけの先生になってから。
夢のなかった私の夢は、こいつのお陰で教師になった。
わかったときの、嬉しそうな顔。
それがたまらなく好きなのだ。
「終わった!!」
「はい、お疲れさまです」
大きく延びをしたこいつにお茶を渡す。
こいつはそれを受け取り口をつけた。
私も苺オレを飲む。
夕日の光と野球部の掛け声が、教室に流れ込んでくる。
「これだけできるなら、もう私が教えなくても大丈夫だと思います」
「マジか!」
嬉しそうに笑うな、ほんと。
私はクスリと笑った。
「予習復習はきちんとした方がいいと思いますけど、私が教える必要はないとおもいます。わからない問題があったら、先生に聞けばいい話ですし、私がマンツーマンで教えなくても、もう平気ですよ」
「俺、そんなに成長した?」
立ち上がり、飲み干したお茶のパックをゴミ箱に捨て、その場で一回転して決めポーズをとるこいつ。
ほんと、ガキみたい。
「成長したと思います」
不覚にも、笑ってしまう。
「じゃあ、明日から勉強しに来なくていいの?」
……あ、そうか。
勉強を教えないということは、こいつとの接点がなくなるということ。
また、他人という関係に戻るのか。
なんだろう、なんだか、寂しいな。
「はい、大丈夫です」
「やったーー!」
私はなんとか笑顔をつくってそういった。
こいつにとって、私はただの、マンツーマンの先生でしかないのだから。




昨日で私を卒業したあいつ。
あいつが来ない放課後は、半年ぶり。
みんな部活に行ってしまい、部活に入っていない私だけが教室に残った。
待っていても、もう来ないあいつ。
教えるのは大変だったけど、教えなくなるのは、それはそれで悲しい。
ん、帰ろ。
私は机の中のものを鞄にしまう。
ん?
1枚のメモ用紙が、足元に落ちた。
それを拾い、文面を読む。

「待ってて」

その、一言だけ。
でもわかる、これは、あいつの字だ。
わからないところでもあったのだろうか?
先生に聞けばいいのに、と思うけど、私を頼ってくれることが嬉しい。
数秒して、足音が聞こえてきた。
「委員長」
やっぱり、あいつだ。
「わからないところでもあったんですか?」
「ううん、ないよ」
そういいながら、教室に入ってくるこいつ。
ない?ないならなぜ、私を待たせていたんだろう?
「どうかしました?何か相談でもあるのですか?」
私の真ん前にたつこいつは、少し息をきらし、肩をならしていた。
その顔が、どこか熱っぽい。
夕日の、せいだろうか?
「話が、あって」
「はい、なんですか?」
「俺、さ」
「はい?」
こいつのめが、私をとらえた。
その目は鋭く、私を逃がさない。
真剣な瞳。
「オレと付き合ってくんね?」
……?
…………?
………………?
「どこにですか?」
「っ……」
こいつは苦笑い。
どこに付き合ってほしいのだろう?
いってくれないとわからない。
「違う」
「わかるように言ってください」
「あーもうわかったよ!」
彼はいきなり大声をあげると上を向き、真っ赤な顔で私と目を合わせた。
「好きだ、委員長。オレの彼女になって」
「えっ!」
か、か、かかかか彼女?!
付き合ってって、そういうこと?
で、でもまって、なんで、私なの?
もっと素敵な人、いくらでもいるでしょうに。
あなたぐらいかっこいい人ならなおさら!
「委員長は、オレ嫌いか?」
嫌い……じゃない。
確かに、笑うとこも、話すとこも、かっこいいとは思っていたけど、それが、恋愛感情かどうかなんて、わからないよ。
でも、、、一緒にいて、楽しいのは確かなこと。
「こ、混乱中です」
私はよろよろと下がり、壁に寄りかかる。
あー、頭がオーバーヒートしそう。
彼が、そんな私に詰め寄ってくる。
「委員長顔赤い」
「あなたにそんなこと言われるなんて思ってもみませんでしたからね」
「付き合ってからでいいよ、恋愛感情が芽生えるのは」
「それでは、申し訳ない気がして」
「オレはお前が好きだから」
「で、ですけど……」
「はぁ」
-ドンッ
「?!」
彼の腕が私の顔の横に伸び、壁にてをつく。
急接近したこいつの顔。
何が起こっているのか、こいつの顔が離れるまで理解できなかった。
「嫌、だったか?」
嫌じゃ、なかったことに、驚きを隠せない。
「じゃ、それが答えだよ」
「…………です」
「ん?」
「アウトです。ずるい」
「なんで?」
「あなたを好きにならないわけないじゃないですか」
学校でこんなことをするなんて、それこそアウトです!


『アウトです』