「……」
「よう。邪魔してるぜ」
はぁ。
帰ってきて早々、どうして自分の部屋にあいつがいるんだろう。
この間引っ越してきたあいつは、引っ込み思案で口下手な私とは正反対。
竹を割ったような性格で、とにかくおしゃべり。
そしてなぜかいつも私の部屋にベランダから出入りしている。
高校生にもなってそのはしゃぎぶりはどうなんだかな。
私は制服のまま、自分のベッドに座り、スマートフォンを取り出す。
いつの間にか机には2人分のミルクティー。お母さんが持ってきたようだ。
私は迷わずチャットを開き、グループの会話に加わる。
〔遅くなりました〕
〈大丈夫大丈夫。今始まったとこだから〉
〔なんの話ですか?〕
〈来週遊びに行くって言ったでしょ?その打ち合わせ。今時間大丈夫?〉
私は友達からの言葉に一瞬あいつを見て、返事をした。
〔はい。今は1人なので大丈夫ですよ〕
〈オッケー!じゃあ早速だけど、〉

「……おい」
「……」
「おい!」
「わぁ!な、なに?」
チャットに夢中になっていて本当にあいつのことを忘れていた。
方を揺さぶられてやっとの事で正気に戻る。
「それ、今話さないとダメなのか?」
「え……わぁ!」
私は慌てて画面を隠した。
覗き込まれていることにも気がつかなかったなんて……。
あいつはあからさまに口を尖らせた。
「俺がいるのに、俺と話さないわけ?」
「……」
「……」
だって、口で言うのは苦手だけど、チャットとかだと自然に話せるんだもん。
思ったことを口に出せるんだもん。
それに、君と話すのは、とても勇気がいるんだよ。
一目惚れだったんだから。
「……だ、だって」
「うん」
「……」
-プルルルプルルル
私は逃げるようにスマートフォンに飛びついた。
『急にいなくなったから心配したよ、大丈夫?』
「うん、大丈夫」
『あんたが1人だって言ったから話し始めちゃったけど、もしかして忙しい?それなら後で話すけど……』
や、やばい。
今スピーカーで話していた。
あいつに聞かれた。
1人でいたって、嘘ついたことを。
「ねぇ」
『あ、隣の家の……』
あいつは私のスマートフォンを奪って話し始めた。
「今ちょっと取り込み中だから、8時ぐらいにまたチャットしてやってくれる?」
『あぁ、なんだそうだったの。それなら早く言ってよねって言っておいて。また連絡するわ。それじゃあ』
友達が電話を切り、あいつは乱暴に私のスマートフォンを返した。
そのまま私をまっすぐに見つめる。
「なんで嘘ついたの?」
「……」
「俺なんてどうでもいいの⁈」
「……」
どうでもよくなんかない!
いつも気がついたら私を助けてくれていて、部屋に無断で入ってくるのは驚いたけど、嬉しかった。
君が私に構ってくれることが嬉しかった。
だけど私はなにを話したらいいのかわからなくて、いつも逃げて。
また、あいつを怒らせちゃった。
「……グス」
「ちょ、おい泣くなよ、悪かったって大声出して……」
あいつは私の頭をポンポンと撫でる。
落ち着かせるために座らせて、あいつも隣に座る。
「……ゆっくりでいいから、話せ」
そう言って、あいつは待ってくれた。
……そうだ。
あいつはいつだって、私を急かしたりしなかった。クラスメイトたちは早く話せと私を急かす。だけどあいつはいつも、私が話し出すまで黙って待ってくれていた。
今だってそう。私が話しやすいように、じっと、口を挟みたいのを我慢して。
あいつは、おしゃべりなのに。
「……君が、好きだから」
気がつけば自然に口からこぼれ落ちた言葉。
一言発してしまえば、閉じ込めていた思いがここぞとばかりに溢れ出す。
「な、なに話したらいいかわからない。い、いつも笑顔で話しかけてくれて嬉しいのに、わ、私はなかなか話せなくて……部屋にいてくれるのも嬉しいのに、か、会話が続かないから」
「うん」
「だ、だからいっつも、逃げ、ちゃって……」
また、涙がこぼれた。
泣き虫なのは昔から変わらないな。
あいつは嬉しそうに微笑んだ。
「お前はちゃんと言えるだろ、お前の言葉で。今も、俺に気持ちを伝えられた。大丈夫。ゆっくりでいいから話せば伝わるよ」
「うん」
「俺がここに来るのは、お前と一緒にいたいからだ。確かに話しだってしたいけど、焦らなくていい。俺の話をずーっと笑って聞いてくれるお前を、俺は、いつの間にか好きになっていたんだから」
う、嘘。
あいつはいつだって人気者で、たくさんの女の子に告白されて……私なんか眼中にないと思っていたのに。
「いつもありがとうな」
また、頭を撫でる。
子供扱いされているのだと思っていた。
その手は、優しさに満ちている。
「わ、私こそ、ありがとう」
「ん、これからカレカノとしてもよろしくな」
私は、話せるようになるだろうか。
遅くてもいい。
私があいつのことを知る分、あいつにも、私のことを知って欲しい、そう思った。
「こっちを向いて」
そらしていた目と目が出会う。
彼は、いつも通りの優しい瞳に、私を移していた。

『こっちを向いて』