「腐れ縁」
なかなか離れない人間関係のことだ。主に仲が悪かったり、あまり関わりがなかったりした時に用いられる。
しかし、仲が良く関わりもある人の場合は、「幼馴染」と言われる。
どちらも私からすれば、鎖のようにしか思えない。

「おーい、今日も帰るぞ」
「はいはい、今行くから」
周りからは旦那が来たぞと冷やかされ、友人も面白そうな目で私を見る。
この人はいつだって私の近くを歩き回っている。幼稚園も、小学校も、中学校も……挙げ句の果てに高校まで。
家がお向かいだということと、私の親が異常な過保護であることから、この人は私の父親に「この春からも登下校は一緒にしてもらえないか」とお願いをされている。根は真面目な性格のこの人は、意外にもその役を引き受けた。クラスも同じなので普通に会話もできる。

異性として意識し始めたのは、今日が初めて。
気づけば私より背が高く、体つきもがっちりとしている。その顔は、まさに男の人だった。いつの間に、こんなに男前になったのだろうか?
隣を歩きながら、チラチラと彼を見る。
小石を蹴ったり雑草を蹴飛ばしたり、猫と戯れたり……って、昔からずっと変わらないところもあるけれど。
私はこの人の斜め後ろを歩っていて、この人はいつだって斜め前を歩っている。
私はいつもこの人の背中を見ながら歩いていたことを、改めて知る。
「今日、会話なくね?」
「そーかな?」
「……体調でも悪いのか?」
「えっ?普通に元気」
この人は居心地悪そうに頭に手をやった。
喋らないだけで、そこまで心配してくれる。
この人と私は、一生腐れ縁の関係。
私だって、そうありたかった。恋愛感情なんて芽生えてほしくなかったけど、自然に芽生えてしまったものは仕方がない。
幼馴染じゃなければ、もっと違う未来が待っていたのかな?
気がつけばもう家のまえ。歩いて行ける距離なのだから当たり前といえば当たり前。
いつまでもこの時間が続けば良いのにと思ったことはなかったけれど。
「じゃーな」
「うん、また明日ね」
彼は自分の家へ歩いていく、その背中を少しだけ眺めた後、私は振り返って玄関へと足を進めた。

-パシッ

「えっ」
家に入ろうとしていた私の腕を掴んで、うつむいているこの人。
私の腕を引いて、家の前の道路まで私を連れてきた。
坂の上に、夕日が沈む。
彼は顔を上げた。夕焼けの色と、同じ色だ。
「……なんか、あった?今日、ずっと変だったし」
その目はせわしなく動いていた。
ずっと……ずっと、変な態度だったのか。意識するだけで、こんなに変わるものなんだ。
この人と、やっとの事で目があった。
「好きだなーって」
「……?あぁ、俺もお前好きだけど?」
「そうじゃなくて!」
訝しげな顔のこの人。
はーあ。
もう、本当に鈍感なんだから。
閉じていた瞳を開けて、この人を見上げる。
「これなーんだ」
「……ハート型?」
私の作って見せた形を言い当てるこの人。
「そ。幼馴染としてじゃなくて、恋愛的に好きだなぁって」
「……レンアイテキニ?」
「うん。恋愛的に」
うわぁ。思っていたより照れる。
自分の気持ちに気がついたのは今日だけど、思い返せば随分昔から好きだった気がする。
この人はまだ、困ったような顔で瞬きを繰り返し、意味不明な動きをしている。まるで壊れかけのロボットのように。
「っふ」
「は?」
「ふふふ。変な動きあんたらしくない」
「なっ!戸惑ってんだよこっちだって」
戸惑ったって……そりゃあそうか。
ただの友達だと思っていた奴に、いきなり告白されたんだもん。
「何よー」
私は振り返って空を見上げた。
きっとひどい顔している。この人になんて見られたくない。
「別に、本当のことを言っただけ」
うつむいたら涙が出てきそうで必死に上を向いた。
ちらほら、星が輝き始める。
「さっきから、戸惑ったって言ってんだろ」
無理やり私の肩を掴んで振り返らせた彼の顔は、とうの昔に沈んだはずの夕日の色をしていた。いや、それよりも少し赤が強いか。
恥ずかしい時に髪を触る癖は、昔から変わらない。女の子みたいだと思っていたが、よくよく見ると、男前。
「ほら、なんだ。好きな女からいきなり告白されたんだから、そりゃ、戸惑ったって無理はねえだろ?」
は?
私は顔を思いっきり上げた。
彼の顎に私の頭がクリーンヒットする。
「いって!」
「あ、ごめん!」
私は石頭と呼ばれるぐらいだ。彼の顎は見るからに赤くなっている。
「いいっていいって」
「や、あの、」
「俺と、付き合ってくれる?」
そうか、小学生じゃあるまいし、両想いなんだから、付き合うんだ。
付き合うってなんだろう。今までの関係と何か、変わるのだろうか。
「……なに?お前から告白しておいて、その反応は?」
意地悪で言っている。きっと、私の考えていることなんてお見通しで……
「関係は変わらないよ。1つ、段階を踏むだけだ」
「やっぱり、そういうところ好き」
「ありがとうございます、彼女ちゃん」
彼が不意に手を掴んだ。
小指と小指を絡める。
「いくぞ?」
「え?」
「「ゆーびきりげーんまん、うそついたら……」」
「ちょ、なんの指切り?」
「んー?死ぬまで一緒に居ようっていう約束」
「えぇ!」
「え、なに?違うの?」
これって結婚を前提にしたお付き合いなわけ?いつからそんな話になった?まあ、私は別にいいんだけど、なんか恥ずかしい。
「お前、顔真っ赤!」
「あ、あんただって!」
私とこの人を縛っていた灰色の暗い光を放つ鎖は、いつの間にか、私とこの人を永遠につなぐ、赤い糸になっていた。

『鎖から糸へ』