「ねぇそこの後輩」
「は、はい?」
「これ、運んでくれる?」
「あ、はい!」


先輩との出会いは、こんな感じだったと思う。
園芸部に入部した1年生の私は、なにをしたらいいのかもわからず、ぼーっと突っ立っていることしかできなかった。
そんな私に先輩は声をかけてくれた。
それからというもの、何かと先輩は私に話しかけてくれている。

土を運んで、新しく土を入れる。
このあいだの台風で、見事に咲いていた花たちは折れてしまい、土は流されてしまっていた。
朝早く登校してみてよかった。
先輩は部内で一番花のことを思いやっている。先輩に悲しい思いをして欲しくない。花は直らないけれど、土を入れるぐらいなら私にもできる。一袋分の土を入れても足りなくて、次の袋を運ぶ。
だけど、結構土って重いんだよなぁ。部活の友達誘えばよかったかな……。
というか、園芸部の倉庫から花壇までが遠い!まだ半分も来てないじゃん!
一気に3つも袋持ってくるんじゃなかったな。
あー、早く終わらせたいのに。
土を置いて膝に手を当て地面を見る。
はぁ。もっと体力、つけなくちゃ。

「後輩ちゃん⁈」

心の何処かで「来てくれないかなー」と思っていた声が聞こえ、顔を上げる。
絶対来ないと思っていたし、普通の登校時間よりかなり早い時間だと思うんですけど……なんでいるんですか先輩!!
「せ、先輩⁈まだ7時ジャストですよ!」
「後輩ちゃんこそ、こんな早くに1人で」
先輩は私の足元に転がっていた袋を2つ持った。私と同じジャージ姿。
やっぱり先輩は先輩だ。もとから花壇の手入れをするつもりで来たんだ。
私と先輩は並んで歩き出す。
私は袋1つでもフラフラしてしまう。3つ持とうなんて考えるんじゃなかった。
「ありがとうございます」
「なんで後輩ちゃんがお礼言うんだよ、お礼言うのは俺のほうだろ?」
そうやって優しく笑いかけてくれる先輩。それだけで嬉しくなる私は、おかしいだろうか?
まるで、褒めてもらうためにお手伝いをする子供みたいだ。
「俺より早く来ているやつがいるとは思わなかったよ」
「なに言ってるんですか?部長も先輩先月の夏休みに引退したじゃないですか」
3年2人、1年6人の8人の園芸部は、2年生がおらず、3年の先輩2人は夏休みに引退した。それからというもの、なんとか1年だけで花壇の花を育てていたのだ。
「……1年生はちゃんと朝早く来てくれるの、知ってるんだ。だから、先に行けばなにも言われないかなっと思って」
みんな大雨降った後は心配で見に来ていたし、今日だってあと30分もすればみんな集まることを、先輩は知っている。だから、私みたいなのにとやかく言われる前に来て花壇を直そうと思っていたらしい。
「うん、だから後輩ちゃんみたいな子がいるとは思わなかった」
「えー、じゃあ早く来ない方がよかったですか?」
「そんなこと言ってないだろ、屁理屈だな、後輩ちゃん」
なぜか先輩は、私のことだけ名前ではなく後輩ちゃんと呼ぶ。それが子供扱いされているようで少し気に入らないが、特別扱いのような気もするのであえて触れていない。

一通り終わったところで、先輩が缶コーヒーをおごってくれた。
先輩と、直った花壇を背に左ベンチに腰掛けた。もちろん濡れていたので、きちんと拭いてから。後5分もすれば、ぼちぼち生徒が登校し始めるだろう。
「うわぁ。親父っぽいですね。仕事終わりに缶コーヒーとか」
「仕事ってわざわざ言うからだろ……ありがたくもらっとけ」
「もちろんですよ。ありがとうございます、先輩!」
カチッとカンのいい音が響く。
先輩はブラックで、私はあまーいコーヒーだった。
私が苦いもの苦手なの、先輩知ってたんだ。
「それにしても、後輩ちゃんはほんとうに花が好きなんだね」
「いきなりなんですか?」
「花のことが心配じゃなかったら、こんなに朝早く直しに来ようとは思わないでしょ?」
「みんなそうですよ。私は家が近いので」
「You like flower.」
「なぜ英語!」
「俺英語の先生になるから。これなら小学生でもわかるだろ?」
「って先輩先輩、私、高校生なんですけど」
「頭は小学生レベル」
確かに、確かに自己紹介でそう言いましたけど!
You like flower.ぐらいわかります!
「わからないと困ります」
「もう、からかわないでくださいよ!」
私は缶コーヒーを飲み干した。寒い季節に、温かい飲み物は体にしみる。空は、昨日の大雨が嘘のように青く澄み渡っていた。私は白い息を1つはいて、覚悟を決める。
「私、花と同じくらい先輩のこと好きですよ」
「おーサンキューな」
やっぱり、こんな言い方じゃダメか。
先輩は立ち上がる。大きな背中。私の目指してきた、先輩の背中。
もう、卒業してしまう、会えなくなってしまう。
カランカランっと、ゴミ箱に先輩の飲んでいた感が転がり落ちる。
私の胸にも、何かが落ちた。
「先輩!」
大きな声を出して、私も立ち上がり先輩と距離を詰める。
先輩の驚いたような大きな瞳。
静かな学校。
「先輩への感情は、LIKEじゃないです!LOVEなんです!」
「えっ」
「私、先輩が好きなんです!」
胸の前に手を組んで握りしめていた私の両手を、先輩が包んだ。
その後の2人の関係は、秋晴れの空だけが知っている。

『先輩、LIKEじゃないです!』