―ザァーーーーーー

雨音で目が覚める。
そのまま体を起こし、寝起きでけだるいからだをうんっとのばした。
可愛くない、間抜けなあくびが口から飛び出る。
「うーんっ……」
ここでまた横になってしまえば楽だが、そうすると二度寝をしてしまうことなど目に見えている。
これからは、ちゃんと一人で起きなくちゃ。
ダブルベッドから飛び降りて、キッチンへと足を進める。
冷蔵庫を開けると、牛乳のとなりに無糖のコーヒーのペットボトルが入っていた。
「……」
私は牛乳を取り出して、コップに注ぎ、一気に飲み干す。
「私、コーヒー飲まないんだけど」
ぼそっと、もうだれにも聞かれることの無い独り言を呟いた。
ここからは機械のごとく活動。
洗濯機をまわして、朝御飯を作って、化粧をして髪を整えて。途中で洗濯が終わってベランダに干しに出る。
「少なっ……」
いつもの1/2の量しかない洗濯物は、その分干し終わるのも早かった。
空いた時間で掃除機をかけて……なんて過ごしているうちに出社時間。
大慌てでバックと鍵をとって玄関に向かい、ポストを確認する。
家を出る前にポストを見るのが私の日課だ。
いつもは、新聞と何かのチラシが入っている程度。
でも今日は違った。
扉に備え付けられたポスト。

そこに入っていたのは、新聞と大屋さんからの家賃請求と……私の家のスペアキー。
私は思わず、鞄を床に落としてしまった。
スペアキーについた付箋。
『ありがと。さよなら』
目が涙で一杯になる。
ダメだ、今泣いたら!化粧が崩れる!いじでもなかない!
唇を噛み締めて、上を見上げた。
だけど、その付箋にかかれた言葉をみて、昨日のやり取りが、嘘でなかったことを知る。
ダブルベッドも、二人分の洗濯も、朝御飯も、私の飲まないコーヒーも、誰かに聞かれるはずの独り言も……全部全部あいつがここにいた証。
あいつのために買ったもの。あいつがいたからできたこと。
お互い好きだったはずなのに、どこで道を間違えたんだろう?
私は目をつぶり首を降った。
鞄を拾って、スペアキーを財布のなかにいれる。
そろそろでないと遅刻する。
涙を飲み込んで玄関の扉を開けた。
「いってきま……」
振り返り、誰もない家のなかを見て足を止めた。
そう挨拶をしても、もう返事は返ってこない。
あいつの「いってらっしゃい」は、返ってこない。
真っ暗な部屋。いつもなら、あいつが笑顔で出てきて、送り出してくれる。
もう、誰も出てこない。
自分の家の前で泣き崩れる。
あーあ、化粧崩れちゃったなぁ。
どうか、どうか夢でありますように、と。夢なら覚めますように、と。バカな願いはすぐさま消し去った。あいつがここにいないこと。それが、夢ではない何よりの証拠。

このままじゃいけない。
目をこすって、派手な化粧をぬぐいとる。
家の前で簡単に化粧を直した。
目を閉じて、深呼吸をする。
目を開けて、顔をあげる。
家の鍵を閉めて、傘を来るんと一回転させながら。
ほぼスッピンメイクのまま、私は会社へと一歩を踏み出す。
朝、あれほど降っていた雨が上がった。
水溜まりに写った青い空を眺めながら……私は早足で前に進む。


『梅雨明けの涙』