今、みんなは紅白でも見てるんだろうな。
私は冷蔵庫から缶ビールを取り出して、テーブルに着く。
抵当に髪をまとめて時計を見ると、もう11時を回ったところ。大学3年生なんてこんなもんだろう。
カチッとビールのプルタブが開くいい音が静まり返っている部屋に響く。やっぱり疲れた時は缶ビールだ。
「うちはテレビないからな」
枝豆を食べながらビールを飲んでいる姿はもはやピチピチの大学生ではない。どこかの家のおっさんにしかみえないだろう。
あーあ、彼氏でも、つくっておくんだったかな?
「ふっ」
乾いた笑みがこぼれる。つくれるもんならつくってるって。お世辞にも女の子らしいとは言えない私を好きになってくれる男子なんているのだろうか。
どちらかといえば男っぽくサバサバしている。彼氏よりも今は恋バナができる、私と同じような友人が来てくれるとありがたい。
……あ、だめか。
みんな彼氏いるんっだった。
「大晦日に1人なのは私ぐらい、か」
気がつけば夜の静けさと冷たさが、私を襲っていた。


ーピンポーン


誰だろう、こんな時間に。
私そのまま玄関に向かい、扉を開けた。予想外の人物に言葉を発せず固まる。
そんな私を構うことなくあいつは私の横をすり抜けて家に上がった。
「ちょ、なんで」
「どうせ1人で飲んでたんだろ?」
そ、そうだけどさ。
だからってなんであんたが来るわけ?
「うわ。よりによって缶ビールかよ。お前まだ21歳だろ?」
「い、いいじゃん別に。あんたに言われたくない」
私はやっとの事で玄関の扉を閉めて、勝手に上がっていった彼の後を追う。
大学で知り合ったサークル仲間。よく気が合う男子。何度か2人で飲みに行ったこともある仲だ。
「あんた彼女は?」
私は仕方なくおつまみを追加し、彼用のコップを取り出した。
気がきく〜なんて言って持ってきたビニール袋を机の上に置く彼。断られるとか考えなかったのか、こいつは。
うん。
でも私の好きな種類のお酒ばかりだ。
「彼女〜?……ここ5年はいないかな」
5年ってことは……
「なあに、高1以来?ウケるわ」
「お前こそ彼氏は?」
できたことないわよそんなもん。
なんてこいつに行ったら笑い飛ばされるだろうか。まあ、からかいあうのはもう慣れっこだけど。
あいつは私が何も言わないから諦めたのか、私の出したコップに新しく開けたワインを注いだ。洒落たもんを飲むね、あんたは。
「お前も飲むか?」
「もち」
私はコップを差し出して座った。あいつは躊躇なくそのコップにワインを注ぐ。あいつと私のコップがカンッといい音を立てた。
机に並ぶチーズにスルメに枝豆。このチーズって確か高いやつじゃなかったかな?そうだ、CMでやっているやつ。
「しかしお前、色気ねーな」
「化粧しないと女はこんなもんだよ。男は外見にだまされすぎ〜」
私は普通のトレーナーに高校時代来ていたジャージをはいている。
あいつはというと、まあ、同じ感じだ。上から下までジャージ。
どっちもどっち。似た者同士。
私たちにはそんな言葉がよく当てはまる。
「もう今年も終わるな」
「そうだね。みんな彼氏と2年参りだって」
「あぁ。俺の友達の彼女とデートだっつって、これでもかってほど写メ送ってくる。見る?」
「みるみる」
そこにはおめかしした女の子と幸せそうに笑っているあいつの友人。
本当にカレカノってこんな感じなんだ。そんな写真が何十枚と違う人から送られてきていた。
背景を見るに、かなりの人ごみ。神社は意外と賑わっているみたいだ。行かなくてよかったと安堵する。
1人で行ったら絶対誰かにあっただろう。気まずくなるのがオチだ。そして「あー彼氏いないのねー」という目で見られる。
「あんた友達いたのね」
「は?」
私は知らん顔してワインを飲む。意外とおいしいじゃん。
お酒を初めて飲んだのは去年だけど、明日になれば一昨年になるんだよね。時が経つのは早いわ。
もちろん、年をとるのもね。
「お前の家テレビなかったの?」
「うん。1人暮らしは大学だけの予定だったし。私もともとテレビ見ない人だったから。ごめんね、紅白とか見たかったでしょ?」
「いいや。俺の部屋にもテレビないから、同じだなって思っただけだ」
へえ。そりゃ初耳ですね。そういえば私こいつの家行ったことないな。
話して飲んで、机の上にあったおつまみはみるみるうちになくなって、あと5分ぐらいで明日になる。
「なんか、あんたと話していると時間忘れるわ」
「あぁ、それ俺も。なんかずっと前から知っているみたいだよな」
「あー、わかるかも」
変に気も使わないし、素が出せる。それはあいつもそう見たい。
好きなバンドも好きな芸人も一緒。加えて趣味も一緒とくれば、話のネタが尽きることはない。
そして私はもうかなり酔っていた。
缶ビールが1.2……ワインのボトルが、あぁダメだ数えたら終わり。
そんな私は机に突っ伏すような形で話している。きっと顔は真っ赤だろう。
彼はといえば私より飲んでいるのに平然とした顔。お酒は本当に強いな。
「私さぁ、彼氏いない歴イコール年齢何だぁ」
「へー」
「うん。女の子らしくないからもてないしね」
「……マジで?」
あーあ、私こいつに何言ってんだろ。でもやっぱりなんだかんだで愚痴を言えるのは彼だけなんだよね。うん。
「じゃあさ」
「なぁに?」
「俺がお前のはじめの彼氏になってもいい?」
「んー?」
ハジメノカレシ?
え、なに?こいつもしかして私に
「告ってるの?」
「ちゃかすなよ」
あらあら、お酒をいくら飲んでも赤くならないあんたの顔真っ赤よ。
まあ、うん、そうね。
2人でこうやって飲んでる時点で、答えは決まっているようなものかな?
「いいよ」
「え?いーの?」
「うん。あんただったらいいよ」
「ありがと。じゃあ明日初詣いくか」
「んー」
「お前半分寝てんじゃんか。勝手に使うぞ」
「んー」
私はそのまま机に突っ伏して寝た。
あいつの笑い声と私の髪を撫でる感触。
「あけましておめでとう」
「おめでとう」
私はきちんと、眠る前にそういえたのだろうか?

「うぅ」
「あんなに飲むからだ」
「あんたが持ってきたんでしょうあんなに」
「あぁ。まさか2日分を1日で飲むとは思ってなかったけどな」
げ、マジか。
私たちは朝9時ごろに起きてゆっくり支度をし、お昼の時間帯に1番近い神社に歩いてきた。それなりに人はいるため、参拝の列に並ぶ。
夜にこいつに人生初の告白されて、オーケーしたのを、なんとなく覚えている。朝方に私の肩にかけてあったブランケット。そういうことができるから彼はいいと思う。よく私なんかの彼氏になってくれたものだ。
「昨日のこと、酔ってて覚えてないとか言うなよな」
「ちゃんと覚えてますよ、彼氏さん」
「あ、そう。そりゃどうも」
テレビなんてなくてよかった。彼とたくさん話せたし。まあ、適度な距離ってやつだよね。
「今夜も飲もうよ」
「おう。いいぜ」
もっともっと、話したいって思った。
新しい年の香りと、新しい恋の香り。ふと見上げた空は、青々と澄み渡っていた。


『乾杯をしよう』