翌日、春兄のことが気になりすぎて大学の授業が身に入らなかった。まだまだ忙しい2年生の時期で単位を落とさないよう周りは必死だと言うのに。
春兄が車で迎えに来てくれて、連れてこられたのはテレビでよく特集されている高級レストラン。予約必須で簡単に中に入れないと話題の場所だ。
移動の車内はBGMがかかっているだけでお互い無言状態で、謎の緊張感が漂っていた。
その空気感のままレストランに入り、夜景が見渡せる窓際の席に案内された。テーブルに"ご予約席"と書いてあるプレートが置いてあり、春兄が予約していたことが明確となった。
「うわ〜!凄い綺麗!見て春兄!あんな遠くまでキラキラしてるよ!」
空気感に耐えられなくなりいつもと変わらないテンションで喋り始めた。いつもの春兄なら優しく応えてくれるのだが、案の定反応が薄い。
ろくな会話もしないまま料理が運ばれてくる。
どうしたのだろう。こんなところを予約してまで私に話したかったことって?もしかして、別れ話?やっばり私のことが嫌になった?
いや…でも、別れ話するのにこんなところ予約しないよね。だったら、どうして….?
「藍、あのさ」
やっと口を開いた。さっきからずっと緊張気味だ。一体私にどんな話を?
「俺、この先藍をずっと支えるって断言できる。俺たちまだ若いし藍も学生だ。だから、結婚なんてまだまだ先でもいいと思ってた」
"結婚"…
思ってもいなかった言葉が春兄の口から放たれ、胸が激しく波打つ。
「でも、俺の海外勤務が決まって藍を不安にさせているってわかった。だから…」
カバンから正方形の箱を取り出した。"結婚"というワード、そしてこの形とサイズ…これから何を言われるのかバカな私でもわかった。
「今すぐ家庭に入ってくれとは言わない。俺は藍しか考えられない。もし藍も同じように思ってくれてるなら、結婚してほしい」
「春兄…」
差し出された箱をパカっと開ける春兄。
これは…婚約指輪。
「藍はまだ学生で、卒業してからもやりたいこととかあると思う。藍は自分のしたいことをしてほしい。でももし、藍がこの先も俺と一緒にいたいと思ってくれてるなら、この"約束の証"を受け取ってほしい」
迷いなんてなかった。私だって春兄以外考えられないよ。
涙が頬を伝った。つい最近私が春兄にサプライズをしたというのに、比にならないほどの大きなサプライズだ。
「…よろしくお願いします」
春兄との"約束の証"を両手でそっと受け取った。



