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それはあまりにも突然の話だった。
「え…海外勤務?」
春兄から『話がある』と呼び出され、声のトーンから良くない話だと思いここまでくるのに生きてる感じがしなかった。待ち合わせたレストラン。一番奥の窓際の席に私たちは座っている。運ばれたお冷やを持つ手がそのまま停止した。
「前から話は貰っていたんだ。ただ、仮の話だったから藍には言えなかったんだけどさ。正式に決まったよ」
「え、でも、春兄まだ2年目でしょう?そんな急に海外勤務になったりなんてことあるの?」
海外勤務…つまり、私たちは遠距離になるってこと。私が着いて行かない限り、離れ離れだ。
「去年の1年間の営業成績を買ってくれて。新たに海外事業を展開する方針があるらしくて、そのチームメンバーにありがたいことに加えてくれたんだ」
春兄の仕事っぷりが認められた…それは喜ばしいことだ。なのに、何故だろう。胸がざわざわする。
もしかして、この前帰り際にポツリと呟いたセリフはこれに関係しているのかな。
「春兄は、行っちゃうの?」
私がこんなこと言ったって春兄を困らせるだけだってわかってる。でも、今まで当たり前のように隣にいた春兄が遠くに行ってしまう現実が受け入れられない。
「ステップアップするチャンスなんだ。俺だって藍と離れたくないよ。でも、仕事も大切なんだ」
冷静に言葉を並べる春兄。そんな彼とは対照的に、頭の中はパニック状態だ。きっと、色んな思いがあってその話を受けたのだろう。素直に『行ってらっしゃい』と言えない自分が子供みたいで嫌になる。



