人前や公共の場でそういうことをすることに抵抗があった私だけど、すっと何かに引き寄せられるかのようにそれをした。


しばらくして唇が離れる。


「藍…」


「ん?」


春兄は体を離し、運転席にしっかりと座り直して前を見た。


ロータリーに止まっていた車は次々と人を拾い、春兄の車の横を通り過ぎていく。忙しなく動いていく時間の中、この空間だけがゆっくり動いている、そんな感覚だった。



「…いや、何でもない。帰ろうか」


「え、どうしたの?なになに?」


言葉を飲み込むような素振りを見せた。その様子に違和感を感じる。


春兄が車を走らせてすぐのこと、恥ずかしそうに彼は言った。


「このまま俺の家に連れて帰りたいなんて、今言われても困るだろ?」


一気に体温が上がるのがわかった。春兄の家に行ったらその後どうなるかなんて想像できる。


一度味わったあの痛みに耐えなければいけないのかと思うと、無意識に全身に力が入る。



「…だから、今日は送るよ」



何も答えない私に、春兄は言葉を続けた。



「…く」


「え?」


深く息を吸い、届かなかったその言葉をもう一度口にした。


「行く、春兄の家に行く」


車は途中で方向を変えた。無言の車内に緊張感が漂う。


私だけじゃないんだ。私を大切に思ってくれている春兄だって、きっと緊張しているんだ。