春兄の部屋を訪れた私は出迎えられた時から、いや、朝目が覚めた時から心臓が飛び出てしまいそうなほどドキドキしていた。


変な動画を見てしまったせいか、余計に意識してしまい前日は念入りに体を洗った。


きっと前日にやることではないのだろうけれど、何せ経験が全くない私にとって余計なことではないと勝手に思っていた。



「こ、こんばんは」


春兄のリクエストにお答えして、この日は夕食を私が作ることとなっていた。料理本アプリで何を作るか予め決めて、ここに来る前に食材を買って来た。


「おう」


会社帰りであろう春兄はスーツ姿で出迎えてくれる。相変わらずスーツが似合う。凄くかっこいい。



「明日は何も予定ないの?」


小さなキッチンに買って来た材料を置きながら問う。簡単な調理器具しか置いていないそのキッチンからは、本当に料理しないんだなと春兄の生活が少し見えた。


「あぁ。藍は午後からバイトだよな?」


「うん、15時からだから朝はゆっくりできるよ!早速ご飯作るからさ、春兄はくつろいでいてよ」


腕まくりをして気合いを見せると、春兄はふっと笑って私を優しく包み込んだ。


春兄の香りが鼻を通る。私も春兄の背中に腕を回した。


「…ずっと、こんな生活が続けばいいな」


そう小さく呟いた。自然と漏れた言葉なのだろうと、春兄の言い方でそう思った。


「春兄、甘えん坊だね」


「…そうか?」


「うん、絶対そう」


抱き合いながら言葉を投げ合う。テレビもついていない無音の部屋、たとえ小声でも、驚くくらいお互いの声ははっきりと耳に届く。



「春兄?ご飯作るね」


そういうと、春兄はゆっくりと体を離した。そして、次はその大きな手が私の頭を包む。


頭を撫でられるの、久しぶりだな。


「ありがとう、待ってるよ」


笑顔を見せてリビングに姿を消した。そして私は少し下がった袖を再び捲った。