「謝らないといけないのは私の方。新生活を送る春兄の負担になりたくなくて、言わないといけなかったはずのことも言えなかった。ごめんなさい」


「俺は藍のことで負担に思ったりしないよ。俺のこと考えてくれてたんだな、ありがとう。でも、悩んだり何かあったりしたら遠慮せずに言って欲しい。今までみたいに何でも言って欲しい」


そうだ。今までは春兄に腹割って包み隠さず何でも話していた。恋人関係になって"迷惑を掛けたくない""嫌われたくない"っていう気持ちの方が働いてしまったんだ。



「そうだね、今まで通りが一番だよね」


「…あぁ。隠し事はなしにしよう。俺が言えるような立場じゃないけどな」


きっと南さんとの過去のことを言っているのかな。頑なに話そうとしなかったあの時のことを思い出す。


「でも、春兄も大変だろうから、疲れている時は絶対に言ってね?ご飯とか手伝える事があったら何でもやるから!」


相手を思って控えるのはやめて、相手を思ってサポートに回るという考えにシフトチェンジしよう。言葉にすることの大切さは今回のことで身をもって感じた。


「ありがとう。家事はたまにお願いするよ。藍の手料理食べたいし」


目尻を下げて優しく笑った。やっぱり落ち着くな、この笑顔。


「うん!任せてよ!」


すると春兄は何かを言いたげな素振りを見せながらも手元のグラスに口をつける。


静かにテーブルに置き、再び私を見た。


「藍、明後日は何か予定ある?」


明後日は土曜日、講義はないけれど午後3時からバイトがある。


「昼間までは暇だよ?」


「…明日の夜さ、泊まりに来ない?」


思ってもいない言葉だった。泊まりって…つまり、そういう事になっちゃう?


いや、必ずしもそうとは限らないし!!


「無理だったらいいんだ」


いつまでも逃げていていいの?いつかはこの日がやって来るんだ、突破するなら今しかない。


「無理…じゃないよ」


「本当か?」


ゆっくりと頷く。急に恥ずかしくなって春兄の顔は見れなかった。


ついに私は…"大人"になるのだろうか。