向けられる春兄の目線は艶やかで今にも吸い込まれそう。しかし、不慣れな私は咄嗟に目を外してしまった。


「まだ、ダメか?」


「え、な、何が?」


目を合わせられないまま返事をする。"何か"なんてわかっているのに。


「誤魔化すなって。わかってるだろ?」


ほら、春兄にはバレバレなんだ。


「…」


春兄なら…そう思うけれど、私にはまだ早い気がして。自分がどうなってしまうのかわからない恐怖に一歩が踏み出せないでいた。


春兄をいつまでも待たせるわけにはいかない、覚悟しなければいけない日が来るんだ。


でも…



「ごめん、まだ、もうちょっと待って」


「…そうだよな。わかった」


やっと見れた春兄の顔。寂しそうに笑うその表情に罪悪感が残った。


「ごめん」


春兄は私の髪を後ろに持っていき、両手を頬に添えて再び優しくキスをした。


包み込んでくれるような、優しくて温かいキス。


唇が離れ、しばらく見つめ合ったその後、春兄の視線が首元に移った。


だんだんと表情がこわばっていく春兄に、私は嫌な予感がした。いや、あれだけ隠したのだから、大丈夫に決まっている。


そのはずだったのに…


「藍、これ何?」


「…え?」


春兄の手が鎖骨あたりに伸びて来る。触れられたその部分は、私が今朝必死に隠したところ。


「赤くなってる」


…嘘だ!!咄嗟にカバンから鏡を取り出してその部分を映した。


鎖骨が見えないようにタイトなものを着て来たのに、それが逆に摩擦で痕が少し露わになっていた。


重ね塗りしすぎたせいで、落ちやすくなってしまっていたのだ。



「…これ、何?」


「え、えっと…蚊に刺されて」


言い訳が痛々しいにも程がある。あれだけ完璧に仕上げたつもりがこうも簡単にバレてしまうなんて思ってもいなかった。


「ただの虫刺されを隠す必要があるの?」


淡々と言葉を並べる春兄にいつもの穏やかさはなかった。その静かな迫力に何も言葉が出てこない。


「…」


「…何か言えよ」


もう隠し通すのは無理だ…


観念した私は震える口を開いた。




「山下さんに…」


「山下?」


その名前が出た瞬間、顔を歪ませる春兄。すると私からゆっくりと体を離し、ベッドの端に浅く座り込んだ。


「山下と二人で会ってたってこと?」


俯いたままそう問う。私は小さな声でそれを肯定した。


「…ごめんなさい。あれだけ春兄から忠告されていたのに。私がいけないの」


「何?山下を庇ってるわけ?」


「ち、ちがっ」


ゆっくりと上がった春兄の顔、その目は凍りつくように冷たかった。


今まで私に向けられたことのない顔。


その恐怖に体が金縛りにあっているかのように動かない。