頭が混乱したまま家に帰り、"ただいま"も言わずにお風呂場に駆け込む。
山下さんに触れられた部分が気持ち悪くて仕方がない。
顔を埋められた首筋から念入りに洗っていく。
しかし、シャワーで曇っていく鏡にぼんやりと映った首筋の赤みにぴたっと手が止まった。
鏡を手のひらで拭き、そしてすぐにまた曇っていく中でしっかり目に入ったそれは、私の思考を停止させた。
「何…これ」
首筋の鎖骨に近いあたりにはっきりとキスマークが残っていた。あの時に感じた首筋の痛みはこれだったのか。
「ど、どうしよう…」
出しっ放しのシャワーが体にかかる。止めることも忘れて湯気が立ち込む中、私は無気力にその場に居ることしかできなかった。
もし、春兄にバレたら…絶対に傷つく。鎖骨が隠れる服だったらギリギリ見えないかもしれない。
春兄に気づかれないためにどうするかを考える自分が嫌になる。春兄に隠し事なんてしたくなかった。
でも、これは無理やりではあったものの、安易に山下さんと会ってしまった私の不注意だ。
あれほど隙を見せるなと言われたのに、何をしているのだろう。本当に…こんなんじゃ、彼女失格だ。
お風呂から上がり、衣装ケースから今の時期らしい服で、鎖骨が隠れるタイプのものを引っ張り出して着ていった。
完全に痕が隠れるものはなかったが、コンシーラーやファンデーションを使えばなんとか誤魔化せる、そう思った。
隠し通すなんて馬鹿な判断が、後々春兄との関係を悪化させることになるなんて、この時は思ってもいなかった。