その夜、私は春兄に電話をした。


---プルルルップルルルッ


5コール目くらいで春兄が出る。聞くだけで安心できる春兄の声。



『もしもし、藍?』


「あ、春兄。今大丈夫?」


『あぁ。ちょうど今ホテルの部屋に戻って来たところ』


安心したのも束の間、電話の向こうから聞こえるガヤガヤした騒がしさに不安になる。


時折混ざる女の人の声。


ホテルの部屋って言っていたよね?同じ部屋に女の人がいるの?


「…本当に、今大丈夫?」


『あぁ。同期が何人か来ているけどな。放っておくよ。藍との電話の方が大事』


そう言われるだけで先ほどまでの不安が霧のようにさっと消えていく。


「あの…さ、実は…」



"山下さんに告白されたの"



そう言おうとした私の口は、電話から聞こえてきた女の人のある一言で止まった。


『春人く〜んまだ終わんないのぉ〜?』


ガヤガヤした中に混ざるように聞こえていた声が、今度ははっきりと聞こえる。


艶っぽい女性らしさのある声だった。



『もうすぐ終わるから。それで、藍?何て?』


もうすぐ終わる…か。そうだよね、春兄は今忙しい時期で、口では私との電話の方が大事だとは言ってくれたけれど、会社でうまくやっていくために会社での人付き合いの方が、今の春兄にはきっと重要なんだ。


こんなことで春兄の邪魔をするわけにはいかない。


それに、春兄が言ってたじゃんか。ずっとそばにいることができないから、私自身がしっかりとブレない気持ちを持って欲しいって。


言われたそばからこんな電話するべきじゃなかった。


「…ううん、何でもないの!急に春兄の声聞きたくなって」


『そっか。俺も嬉しいよ、一日の終わりに藍の声が聞けて』


私たちは大丈夫。何があってもダメになることはない。だから今は、お互いが在るべき環境でお互いの精一杯をすればいいんだ。