彼女に言われたとおり、10分後に彼女の部屋の前にいた。
有名私立高校の今時なチェックのプリーツスカートに同じ柄のリボンを付けた制服姿から、普段着に着替えると言っていた。
黙ってはいるわけにも行かず、部屋のドアをノックすると、「どうぞ。」と声が聞こえた。

俺は彼女の部屋のドアを開けながら、声をかけた。
「入るよ?」

そこには普段着に着替え終わり、机に向かって座る彼女の後ろ姿があった。

彼女の隣に立つと、彼女は俯いたままで顔を上げようとはしない。

「…花菜?」
俺はそっと彼女の名前を呼んだ。
久しぶりに呼ぶその声に、彼女は少しだけビクッと肩を動かした。

「…ごめんなさい。」
俺はその言葉の意味を知っていた。

今日の家庭教師の予定はなかった。
専業主婦の母は、俺が帰る頃には大抵家にいる。
ここにくる前に母に今日の家庭教師の依頼があったのか、聞いていた。

「りーママに聞いたんでしょ?今日のカテカョが無いこと。」
「うん。」
俺は正直に答えた。

彼女がなぜこんなことをしたのか、わからなかった。
それでも、なんでとは聞けなかった。

「反省してるなら、もういいよ。勉強する?」
俺は母からその話を聞いた後、すぐに十河に謝罪のメールを入れていた。
してしまったことをいつまでも怒っていても、仕方がない。

「じゃ、この前聞きそびれたことを聞いてもいい?」
彼女はそのままの体勢で俺に聞いた。
この前といわれて思い出せる限りを考えた。

前回来たときは、髪を切られたときで…
その直前まで数学の解説を…それだ。
俺は思いだしたその問題の解説をするために、あの時のように身を乗り出した。

「違うから。私が聞きたいのは、彼女いないでしょ?ってこと。」
身を乗り出した俺に、ずっとうつむいていた彼女が振り返るとぶつかりそうになる。
俺が瞬間的に避けるも、彼女の表情は真剣で、変に近づきすぎないように意識している俺は本当にダサく思えた。

「いないよ。」
彼女の質問の重要さに疑問を持ったけど、彼女の真剣さに押されて答えていた。

「じゃ、さっきの子は?」
愛華ちゃんは十河の隣にいたし、さっきの子と言われて思い浮かぶのは、青井ちゃんしかいない。
「青井ちゃん…?」
上目遣いで睨む彼女。

「名前呼びだし。」
明らかにふてくされていて、俺は思わず吹き出した。

「何で笑うの!?」
「青井蘭さんだよ。青井は名字!」
彼女は一瞬驚いた顔をして、言葉の意味を理解すると心底ほっとしたように笑った。

なんだかその顔が嬉しくて、俺は続けた。
「青井ちゃんはただの友達だよ。彼女はいません。」
「…本当に?」
まだ疑ってかかる彼女が愛おしく思えて笑いかける。

「嘘つかないよ。」
その言葉にやっと疑いも晴れて、頷いた。

「髪なんか切らなきゃよかった。」
彼女は机にむき直しながら、だんだん小さい声になっていった。
「眼鏡ははずしちゃダメだよ!?」
「…え?う、うん」
何でここで眼鏡なのか、よく分からなかったけどとりあえず頷いておいた。

「…りー兄の事は私だけが……!!」
「えっ?何?」
最後の一言だけは本当に聞き取れなくて、聞き返したけど、教えてくれなかった。

それ以上会話が続かなくなって、俺は机の上のテキストに目を落とし、口を開いた。
「…勉強しよっか!?」
彼女が頷いたのを確認すると、数学の勉強を始めた。

次の日、大学に行くとすぐに十河が近寄ってきた。
「十河、昨日は悪かった。愛華ちゃん達、怒ってたろ?」

「怒ってたけど、何とかなだめたから大丈夫。それより、あの子、超かわいくない?」
彼女がいる十河が何を言い出したかと思えば…と呆れる。

「彼女持ちが何言ってんだか…。」
十河をおいてスタスタと歩き出す俺について歩く十河。

「しかも、めっちゃヤキモチ妬いちゃってさ~。なお、可愛く見えたよな!?」
俺は十河の言葉に足を止めた。

ヤキモチ?
その言葉の意味は知っている。
ただ彼女がヤキモチを妬いたって言う、十河が信じられなかった。

「ずっと兄弟みたいに育ったから、お兄ちゃんをとられちゃうくらいの事だろ?変なこと言うなよ。」
俺の言葉に十河は驚いた表情を浮かべた、

「それ!マジで言ってる?」
大袈裟に人の顔を指差して、声を荒げる。

「あれはどう考えても、お前のことが好きだね!男として!」
断言しきる十河に呆れる俺。

「お前の勘違いだと俺は思うよ!」
俺がそう断言するには、ちゃんと理由があった。