大学2年の俺、袴田理斗は憂鬱な朝を迎えていた
洗面所の鏡の前で短くなった髪をつまむ。
とりあえず顔を洗い、歯磨きをする。
ここ何年かこんなに短くしたことがなく、アホみたいについた寝癖をどう処理していいか分からないままため息をついた。

この髪型になったのは昨夜のこと。
彼女の家庭教師として、机に広げた分からないといっていた問題を解説しようとしたその瞬間だった。
どこから出てきたのかわからないはさみで、思い切り前髪を切られていた。

何が起こったのか分からないまま、参考書に落ちた髪の毛を見つめるしかなかった。
「切っちゃった!」
「いや…切っちゃったじゃないだろ!?」
笑う彼女に我に返った俺は少し荒々しく怒って見せた。
彼女は俺が怒らないと思ったのだろうか、驚きの顔をした後、汐らしく小さくなった。
「ごめんなさい。」

そう小さくなられてはもう怒るに怒れない。
「どうすんだ?この時間じゃ床屋もやってないし…」
小さい声で頭を抱えていると、彼女はまた笑顔に戻った。
「私に切らせて!」

彼女は俺の髪を切る間、とても楽しそうだった。
彼女は自分の髪も自分で切っていることを話してくれた。
彼女の髪はとてもキレイな黒髪で肩につく位の長さ、昔から変わらない。
「私の髪がキレイだって言って撫でてくれたの。それから自分で切ってるの。」
誰のことを言っているのかは分からなかった。
よほど嬉しいことだったんだろう。
彼女の表情はキラキラしていた。
小さい頃に黒く艶々な髪を俺も撫でたことがある。
そんな事彼女は覚えてないだろう。

「出来た!」
床屋と科した彼女の部屋で俺の首回りに巻いてあったビニールのゴミ袋を取り払い切った髪の毛を払いのけた。
立てかけたちょっと大きめのミラーで、自分の髪型を確認する。
「ちょっと切りすぎだろ。」
「ううん。全然今の方がいい!明るくなった!」
声のトーンまで明るく彼女は叫ぶ。
そんなことをしている間に時間は10時を過ぎていた。
大した勉強にもならないまま、俺は家に帰った。

彼女がしたように思い出しながら、髪をセットしてみる。
思い描いていたように出来たか分からないまま、家を出た。

別に誰に見られているとは思ってない。
だけど、髪型が違うだけでなんだか変な気分だ。

うつむき加減で大学に向かう。

大学につくと高校からの友達、佐瀬十河の後ろ姿を見つけた。
「十河。」
声をかけられた十河は振り返り、すぐに驚きの表情に変わる。
「えっ?どうした?」
まぁ、そうなるよな…
「いや、参ったよ…」
十河に昨日の話をすべて話した。

「お疲れ~(笑)」
十河はこんなダサい俺と何で一緒にいるのか
分からないくらいのいわゆるイケメンだ。
十河に勝てるとしたら少しの学力の違いと178cmの身長くらいだ。
3cmしか変わらないけど。

「でも、世間的には今の方が良いみたいよ?」
十河が顎を突き出して周りを見るように促した。
なんだか周りの視線がいつもより多くこちらを向いているような気がした。
でもすぐに、それもいつものことのようにも感じられた。
十河が側にいるときは、そんな感じだったと思ったからだ。

「何言ってんだよ。」
俺を振り向かせるために止めた足をまた動かせるようにと、俺は十河の肩をたたいて進行方向に戻す。
「いやいや、マジだから!」

今日の授業が行われる教室まで行くと、十河の彼女、瀬尾愛華がすぐに寄ってきた。
「おはよ~!袴田君どうしたの?凄いイメチェンだね?」
「あっ、まぁ…ね。」
「だろ?結構イケてるよな?」
二人のまくし立てに俺は若干引き気味に見ていた。
愛華ちゃんが俺たちに話しかけたことをきっかけに、愛華ちゃんの友達も話しかけてきた。

「袴田君って隠れイケメンだったんだね~!」
「絶対今の方がいいよ!」
「どうせなら眼鏡も外して~!」
止まらないガールズトークにタジタジの俺。

「なんなら十河よりイケメンかもね~!」
愛華ちゃんの一撃で十河が苦笑いする。
「おいおい…それはないだろ~!」
「冗談!」
二人が笑い合い、女子グループははしゃぎ、何の話をしているのかわからなくなる。
どうして良いか対応に困っていると教室に先生が入ってきた。
助かった…
「ほら、冗談言ってないで、席着こう。」
女子たちは収まりきらないハイテンションで、荷物をおいていた席に戻っていく。
俺と十河は空いている席を見つけてそこに座った。

「でも、本当にお世辞抜きに今のお前のが、良いと思うよ。俺には負けるけど~!」
最後は冗談混じりにそう十河は笑った。