久しぶりに会った彼女は、可愛さに磨きがかかっていて目も合わせられなかった。
そんな彼女、高林花菜と彼女の部屋でなぜか二人きりというこのシチュエーション。
戸惑わないはずもない。

「えっと…。」
何から始めればいいのか、分からないままでいる俺。
俺は何をすることもなく、ひたすら掛けていた眼鏡をかけ直した。
彼女は冷たい態度で机に向かい、棚から参考書を取り出してそれを広げる。

「…数学、苦手なの。ここ、教えて?」
「…あぁ、分かった。」
昔から理数系が苦手なのは知っていた。
今もそれは変わらないと知って、少し嬉しい。

それは昨日の夜、親から話を切り出された。
「花菜ちゃんの家庭教師をお願いされたんだけど。」
いやいや、何を言ってるんだ?
二流大学に通う俺が、有名私立高校に通う彼女に何を教えろと言うんだ?
もっと適した奴がいるだろう?
俺の心の声をすべて聞いていたかのように、母は続ける。
「私もうちの子に?ってきいたわよ。でも、花菜ちゃんってひどい人見知りだったじゃない?」
母の話を聞きながら、子供の頃のことを思い出した。
確かに、どこに行くのも一緒だった俺と彼女は、手を強く握って俺の後ろに隠れていた。
「にしたって何年前の話だよ?」
「しらないけど、花菜ちゃんのご指名なんだって。」
それもあり得ないと思った。
二つ違いの彼女が中学に入った頃から、彼女は俺を避け始めた。
あぁ、こんなダサい男と一緒にいるのはイヤだと思ったんだ。
そう思った俺は潔く彼女の気持ちを尊重した。
学校はもちろん、隣同士で家の近くで会っても、話しかけることはなかった。
「明日からお願いね。どうせ、暇してるんでしょ?」
「えぇ!?明日から?」

「先生!?」
慣れない呼び名で呼ばれて我に返ると、思っていたよりも近い距離で彼女の大きな目が俺を見ていた。
「あぁ…ごっごめん。」
その距離に動揺したなんて思わせないように、同じ距離を保って、また参考書に目を戻す。

「なんか変だね…先生とかって。」
彼女の親が俺に家庭教師を頼むんだから、それなりの呼び方で呼ぶようにと言われたらしい。
「…お母さんがここにいるわけじゃないし、無理にそう言わなくてもいいよ?」
「ううん、無理してない。むしろ新鮮でいいかも。」
彼女が何をいいと思ったのかは、突っ込まずに流した。

「ねぇ、先生。その前髪ウザったくないの?」
お洒落のかけらもない俺が伸ばしっぱなしだった髪型を指摘されちょっとだけ動揺する。
「それ、今関係ないよ?」
あえて答えず、彼女の目線を参考書に戻そうとする。
「先生、彼女いないでしょ?」
彼女にノートに書いた問題の解説をしようと思って、より彼女に近づいた瞬間だった。

ジョキっ!
参考書に広がる髪の毛の束。

一瞬何が起こったのか、つかめなかった。

「切っちゃった!」
今日初めて彼女の笑顔を見た。