行ってしまうのが嫌だなんて、言える訳がない。

 慌ただしく突然結婚の決まったさとみんは、今までに見た事がないくらい幸せそうな顔をしていた。元々シャープな美人なのに、そのクールさが和らいで幸せオーラ全開。私だってつい最近結婚したばかりだけれど、今年に入ってからの自分があんなにキラキラしていたとはとても思えない。
 さとみん達はアメリカに発つ前に結婚式と身内と友人のみの簡単な披露宴をする事になったらしく、やる事が多過ぎて頭がパンクしそうだと笑う。その顔に別れた方がいいんだろうかと思い悩んでいた頃の陰はもうない。
 そんな様子を見てしまったら自分勝手に寂しいとは言えなかった。さとみんの結婚を喜ぶ気持ちは嘘じゃないし、ずっと悩んでいたのを知っている分、友人達の間でも誰よりそれを待ち望んでいたのが私のはずだ。嬉しいし幸せそうな彼女の様子に心から良かったと思う。でもやっぱり簡単に会えない海の向こうへと行ってしまうのは、今から想像しただけで寂しさが先に立ってしまう。

「千晶、ストップ」

 突然右手を掴まれた。それと同時に左側から伸びてきた手がコンロのスイッチを切る。

「なんか色々溶けてる」

「え……え?」

 自分の右手が持っているのはお玉。その手に重ねる様にしてスーツ姿のまっちゃんの右手が鍋をかき混ぜる私の手を制止している。部屋の中にはバターとミルクの香りが充満していた。
 鍋の中には具材がグズグズに煮溶けたクリームシチューだったもの。ジャガイモも人参も玉ねぎも既に原型を留めていない。
 焦げ付かない様にだけを気にしてボーッとひたすらにかき混ぜていたせいだ。