「これこれ。本当に助かったよ」
受け取ったまっちゃんは小さく息を吐いて安心したような顔を見せた。
何度も言うけど、普段のまっちゃんは几帳面で忘れ物なんてしない。多分翌日の準備をする前に寝てしまった事はもちろん、朝はこれの事を思い出す余裕すらない程慌てていたんだと思う。
その時、ふとこちらを見たまっちゃんと正面から目が合った。
昨夜のベッドの上。少し火照った素肌の感触。
最初に倒れ込んだ時はまっちゃんの首筋に顔を埋めるような体勢になってしまって、まっちゃんの顔も私の耳に触れていた。同じシャンプーやボディソープを使っていても、自分とは確実に異なる他人の香り。
慌てて抜け出そうとしたけれど寝ているまっちゃん相手に無茶も出来ず、少しだけ顔と顔の距離を離すのが精一杯だった。
最初は顔は熱いし心臓がバクバクいっていて苦しいくらいだったのに、まっちゃんが完全に熟睡していて自分も動けない事を悟ると次第に落ち着いてきて、人肌の温かさに安心したせいもあっていつの間にか私も眠りに落ちていた。
甦る、鼓動と匂いと体温。
カッと頬が熱くなった。と同時にまっちゃんも私から目を逸らす。その頬も微かに赤い。多分、彼も同じ事を思い出してる。
「……千晶、朝の件なんだけど……」
言いにくそうな顔をしながらまっちゃんが切り出す。
まっちゃんの性格からいってあんな状況になるってのがまず有り得ない。だからこそ記憶がないのが気になるんだろう。本人にその気がないのに、やっちゃったって多分一番怖いよね。
いっそ事後って事にすれば色々突き進めるのかもしれない。私達の間に横たわる微妙な見えない壁をぶち壊せるのかもしれない。夫婦だし、何もおかしい事なんてない。
ちょっと恥ずかしそうに笑って、「まっちゃんにも強引な所あるんだね」なんて言ってみたりして。
そうしたら、この人は一体どんな反応をするんだろう。


