娘がいた。可愛くて、笑顔がニコッとしていて、私の自慢の娘だった。だけど、娘はもういない。そして、私は母になる資格もない。娘がいなくなった時、太陽が西から登るような、冬にクーラーをつけるとか、そんなおかしな気持ちが私を包みこんだ。 それは、10年前のあの日のことだった。


~10年前~
「みく!起きなさい、みくっ!」「んーー…」「ほら、遅刻するよ!」「もー、うるさいなぁ、まだ早い時間じゃんかー…」「何言ってんの!もう8時よ!」「えぇっ!うそっ」「はぁ…言わんこっちゃない…」私、桜田 歩は、娘の桜田 みくと二人暮らしをしていた。みくは、高校三年生で、大学受験もひかえている。父は、訳あっていないが、今は2人で仲良く平穏な日々を過ごしている。「お母さーん!いってきまーす!」支度が出来たらしく、下からみくが玄関を出ようとする音が聞こえる。「はぁい、いってらっしゃーい!」私がこの相づちを打つと、私の中の一日が始まろうとしている。「よし…」気合を入れて、私も玄関に出て、仕事場に向かう。 「あ、課長!おはようございます!」「はい、おはよう。」私の仕事はそこそこの知名度がある、文房具メーカーの会社の課長だ。まぁ、やりがいのある仕事だと思う。だが、デスクを前にしてしまうと、さすがにため息もつく。そこには、大変な量の仕事が山積みだった。その時から、また一日が始まったような気がした。

「ただいまー」夜10時頃か、私は家に帰宅する。みくは、真剣な眼差しで私を見つめていた。「なによ?どうしたの、そんな真剣な顔で」「あのね…私…」みくは想像もつかない言葉を放った。「私、漫画家になりたいの」「え…」突然の言葉に私は戸惑った。けど、すぐに口からぽろっと出てしまって、「な、何言ってるのよ!お母さんは反対だからね!漫画家ってそんな…みくが思っているよりずっと、厳しい世界なんだから!絶対にやめときなさい!」と言ってしまった。「お母さん、私、本気だよ?軽く言ってる訳じゃないよ、ほんとに本…」「お母さんの言うことを聞きなさいよ‼︎」みくの言葉をさえぎって、ついむやみに苛立ってしまう。みくは、うつむいてからカオをあげて言った。「お母さんだから言ったんだよ?お母さんだから…」そのかおは涙で真っ赤になっている顔だった。「もういいよ!お母さんなんかに言わなきゃ良かった!」そのまま、背中を向けて、みくは速足で部屋に向かった。なぜか、分からないけど、私も泣いていた。娘の話も聞いてあげれなくて情けなかったからか、理由は見つからなかった。次の日の朝、娘はこの家にいなかった。娘のいない朝に私の一日はとてもじゃないけど始まらなかった。