『吉野さんのことが、好きです』









 頭の中を彼の一言が駆け抜けた。


「だからそれは違うんだってば!」

「なにが?」


 はっと我に返ると、目の前で怪訝そうな顔をした有紗がたこさんウィンナーを目の前に掲げた状態で固まっていた。

「あ、いやごめん。こっちの話……で、なんだっけ、あ、なんて言われたか?」

「そうそう。なんて言われたの?」

「あたしの小説を読んでて――気になってたって。それで、付き合って欲しいと言われました」

 なんとかクリア。嘘は言ってない。

「へえ……でもそんなんで好きでもない初対面に近い人と、あゆちゃんって付き合えるようなタイプだっけ?」

 はい来た、想定質問二問目。

 常日頃から恋愛観に関してうるさいあたしが、告白されたからと言ってほいほい付き合うはずがない。有紗は絶対そこを突いてくる、と読んだんだけど、まあ案の定そうなるよね。

「その前にあたし、印刷室で資料作りをやらされていまして」

「知ってる」

「その時に、偶然通りかかった山田が手伝ってくれたんだけど……話してみたら前に有紗が言ってたように、意外と面白くてさ。話が合ったから」

「ふうん」

「この人の事を知りたいなあと思ったんだよね、単純に」

「ふうううん」


 なんだその、しまりなく緩んだ口元は。

 ふにっとつまんでやると有紗は「痛い痛い」といいながら降参した。

「まあ、あゆちゃんが付き合うっていうんならなんか思ったところがあるんだろうし、それは聞かないことにしよっか」

 にやにや、にやにや。

 そんな顔されると、逆になんだか恥ずかしいんですけど。

「とりあえず『好き』ってところまでは、まだいかないし」

「いかないの?!」

「いかないよ」

 興味が湧いただけだもん。だから名目上は「付き合う」だけど、実際は友達みたいなもんだもん。

「そんな乙女な顔しといて?!」

「してた?!」

 有紗のツッコミにびっくりした。慌ててほっぺたをつねってみる。緩んでないよ、たぶん。

「自覚ないのかあ、そっかあゆちゃん、そっかぁ」

「だからその、にやけ顔やめてくれる?」

 あたしが呆れたふりをしてお弁当を無言でつつくのを、有紗は食べ終わるまでずっとその緩んだ顔で見つめていた。

 なんなんだ。初っ端から受難だな。