「それは違う。その扱いは剣に対する冒涜だ。お前は何もわかっちゃいない」

どうにも我慢ができなかった。劣勢にあるわけでもなく、余裕を見せているわけでもない。ただ単純に、可哀想だと思ったのだ。

「・・・何だと?」
「別にアンタの技術を貶しているわけじゃない。魔力の扱いに関しては玄人の域だろう。けど今のアンタはただ自己満足に浸っているだけだ。自分の姿に酔っているだけだ」

気づかないのか。
後生大事に抱えるその剣が悲鳴を上げていることに。
気づけないのか。
それは違うと訴えるその刀身の綻びに。

「こと剣の扱いにおいては自負がある。俺は、誰よりもその点においては精通している。勿論、アンタよりもな」
「何を言い出すかと思えばくだらない。なるほど剣の腕には目を見張るものが確かにあるが、自らの短所を曝け出されては意欲が削がれたと見える」
「残念だがそりゃ見識違いだ。俺は騎士ではないんでね。アンタに勝つことよりも大事なことがある」
「逃げの一手というわけだ。少しは楽しめるかと思ったが、所詮は放蕩の阿呆が持ち帰った犬でしかなかったか」

ムカつかないわけではなかったが、これ以上やっても眼前の男は理解しないだろう。
面倒にここまで付き合ったのだから文句を言われる筋合いもあるまい。
剣を納めて速やかに棄権しようとしたその矢先に、悪魔の声が響いたのだ。


「おっと。おいおい、まさかここで引くつもりかね。いやいやそれは困る。君を引っ張ってきた私の立つ瀬がないじゃないか」


カツカツと足音を鳴らしながら悪魔は現れた。
腰丈まで伸びる艶のある金髪に、見るものを淵に追いやる紅い瞳。整った顔立ちは人を魅了するのではなく虜にしてしまう危うさを兼ね備えている。
肩に引っかけるようにして羽織るそのローブはいかにも高級感を醸し出しており、金色の糸で織り込まれた獅子のエンブレムが日中の陽光に映えていた。
均衡のとれたプロポーションに併せ、どこか妖艶さを滲ませるその女こそ悪魔。俺を騙し、この陽のあたる場所へと引きずり出した張本人であった。

「お前の作略など知ったこっちゃないね。俺は言われたからここに来ただけだ。剣を合わせることも、ましてやそれに勝てなんて命令は受けていない」
「勝負事は頼まれてやるものでもないし、ましてや受けた以上は勝たねばならんものだろう?君は人一倍、その感性が強いと思っていたけどね」
「意義の無い争いに興味はない。俺の意思がない戦いに応える義理もない。気にいらないならさっさと俺を解放しろ」
「できない相談だね。君には不本意だろうが契約は契約だ。君から破棄できるものではないのは今更の話だと思うけれど?」

クックとさも楽しそうに笑うそのツラが気に入らなかった。何故そこまで楽しめるのかは検討がつかなかったが、相手にするだけ損。俺の苛立ちが募るだけだった。

「久方ぶりに見たかと思えば面白みのない犬の相手などさせるとは。エイダ、どういうつもりだ」
「恰好の娯楽になると思ったんだよ。いつもつまらない顔をしていた君に対する当て付けだよ。どうだい?君もこのまま終わるのは不承だろう?彼の力はこんなもんじゃないよ?」
「相手にその気がないのでは仕方あるまい。難癖をつけることで敗北を認めようとする犬がな」

あぁどうとでも。元より他人の評価など気にしていない。俺が納得できればそれでいいだけ。
欠伸を噛み殺しながら、今度こそその場を去ろうとした時、また悪魔が囁いたのだ。

「いいのかい?君が此処に来た理由を思い出したまえ。私にはもちろん、君にもメリットがあったはずだ。おいそれと手放すには惜しいはずだが?」
「・・・その案件と今回の事で何の因果がある」
「このわざとらしく羽織ったローブを見たまえよ。私はこれでもいいご身分でね。君の後ろ盾として最高の働きをするつもりだよ」

だから四の五の言わずに黙って戦えと、そういうことか。

「見返りは大きいんだろうな」
「あぁ勿論。君の活躍は私の手柄にもなるんだからね」
「なるほど。これは相手の言い分が正しい。気づかぬ内に飼い犬に成り下がってしまったか」

まぁ、憂さ晴らしも兼ねての履行には違いない。大人に構えるほど出来た性格を自負しているわけでもなし。
勘違いを正してやるほどお人好しでもない。剣に耳を傾けなかったことが最大の敗因であることを身をもって知らしめてやろうか。

「それこそ馬鹿な妄言だ。飼い犬?馬鹿を言うんじゃないよ。そんな利口な犬ならどれほど楽だったか」

剣とは意思ある歴史。
剣が持ち得るのは人が創った歴史に他ならず。

故に知れ。
剣を知ることは即ち、人類の歴史を辿るに同じ。



「さぁ、ではお前の持ち得る全てで俺に語るがいい。語り手はアンタの魂に預けよう」