「…えげつねぇな、この厳しい規則は」
目前の掲示板に貼り付けられてあるチラシを食い入る様に見つめながら、私の先輩はそう呟いた。そう言う事を言う貴男も貴男ですよ、菊池先輩。後輩をいびり散らすのはお止めください、私まで上司から説教を食らうのですよ。判っているのでしょうか、この方は。
と言うか、菊池の池は地と間違えてしまいそうになるよなぁ…。あ、話が脱線してしまった。

この小説をお読みの皆様、初めまして。
私は竹中 真琴と申します。以後、宜しくお願い致します。

「…あのですね、菊池先輩。貴男は規則と言う物を知っていて尚、止めませんか仕事中…いえ、勤務中に菓子類に手をつけるのは」
私がそう言うと菊池先輩は朗らかに笑い出した。いきなり笑い出したのは何故だかは解せぬ。
「かったいなぁ、お前は相変わらず!真面目過ぎて将来禿げそうだなぁ!」
「…ほぉう?成る程?では、私が直々に上司の鈴木さんに、他の部署への異動願いを出しましょうか?そんなにここの部署はお嫌いならば」
自分で判る位に、血管らしき物がピキッと音を立て始めていた。余程、菊池先輩のデリカシーの無い発言に腹を立て始めたらしい。
「悪かった、俺が悪かったよ!お前ならマジでやりかねないよな異動願いを出させるって…恐いからやめろ。つか、あの人と似てるよその顔。同類か!」
「…は?あの人…とは、どなたの事でしょうか」
「あの人って、あの人はあの人だよ…!ほら、お前の斜め右の方向でさっきからパソコンの画面を睨みつけてる俺らの上司…!」

私はそう教示して頂いた方向を見てみると、菊池先輩が異様に怯えながら言っていたその人物は…菊池先輩の上司にあたる荒沢 真さんと言う男性であり、私達の部署では大変有名な方で、私が最も尊敬している上司でもある。何故大変有名な方なのか…その理由は明快であろう。

一つ目、お顔がいつも恐ろしい。(整っておりお美しい顔立ちなのに勿体無きこと。眼鏡をいつも掛けておられます。恐らく、恐ろしいお顔に見えるのは髪型がオールバックだからでは無いかと)
二つ目、部下がやらかす細かいミスや誤字脱字を良しとしない為外まで聞こえる位の声で怒鳴る。
三つ目、非常にモテる方だが断じて会社の規則は破らない為故に告白をする女性達は皆玉砕し石の欠片の様になる。

改めて、字だけを見ると俗に言う難攻不落の城の様ですがあくまでも部署の人間によるコメントである。私としては、あまり信じられませんが。

「…い、おい…!竹中…!」
その呼び声に私は我に返って、菊池先輩を見ると彼は少しやつられている様だった。
「どうしたんです、その…今にも死相が出る勢いの表情は」
「…ははっ、竹中…いや、竹中様」
「また頼み事ですか、聞き入れませんよ私は」
「頼む…!実は、また荒沢さんに頼まれ事をされたんだ…!」
「…へぇ。それは大変ですねぇ、頑張りましょう」
「いや、ちょっと!?先輩の頼みを聞いてくれないのか!?」
私はそう言う先輩に、冷めた眼を向けてこう言ったのである。
「…菊池先輩は、前々からそう頼み込んで私にやらせてきましたよね?仕方無いからと、一応先輩なので渋々やってきましたが…馬鹿らしいなぁ、と思ってきたのです」
何やらピシィッ!と言う音が聞こえたが、それより此方の方が大事である。
「…ご、ごめんなさいぃ…!!」
「謝って済むのなら、警察は要らんだろう。菊池よ」
「ひぃっ!?」
「…あ、荒沢さん?」
「何やら二人で楽しそうな会話をしていると思ってな、私はお邪魔だったか?」
「いえ、大変助かりました。有難う御座います」
私はやっと頼まれ事から解放されたと思うと、菊池先輩の上司改め荒沢さんに深い感謝を表そうとお辞儀をした。