「冷たいよなー千尋は」
「もう、またその話?いつまで引っ張るの」

勝手知ったる千尋の部屋。
と言ってもここは地元を離れた千尋のワンルームだ。

漠然と進学を考えていたレベルのおれは、千尋の進学先を知って同じ大学を目指すことにした。
勉強なんてどちらかというと平均より下にいるのが当たり前だったおれは、正直人生で一番勉強して千尋と同じ大学に入った。

両親は元の希望大学より偏差値の高い大学に入ることに快く送り出してくれたし、親元を離れる千尋が心配で仕方なかったのだろう千尋の両親もおれを応援してくれた。

「ていうかもう10時だけど、有ちゃん帰らなくていいの?」
「…なんだよ帰れって?」

目と鼻の先の距離で千尋は晩ごはんに使った2人分のカレー皿を洗っている。

小柄な千尋がピンクレースのエプロンを着けているビジュアルはけっこうクる。
…後ろから抱きつきてぇ。

「そうじゃなくて、こないだも泊まるとか言って、結局突然帰ったじゃない。夜中に帰るくらいなら早い方がいいでしょ、明日も平日だし」
「分かってるって」

実家にいた頃は自分の部屋のようにお互いの部屋を自由に行き来していた。
夜中までゲームして遊び疲れた千尋がおれの部屋で寝ることもあったが、常に家族の存在を感じる実家では当たり前にブレーキが効いていた。

そもそも中学時代から女に苦労したことはなく、女というより千尋は「千尋」というカテゴリーだったし、その為に「千尋が側にいることが当たり前」という考えが恋愛感情から来るものだなんて千尋が離れていくことを意識するまで考えたこともなかった。

だから千尋が一人暮らしを始めたところで同じ部屋で寝るなんてたいしたことがないと思っていた。

…千尋の寝息を聞くまでは。

おれを完全に信用しきって無防備に熟睡している幼なじみ。

目の前に晒される、布団を蹴飛ばすほど寝相の悪い千尋の白い脚。

もし、あんな拷問のような生殺しに耐えられる男がいたら心からの賞賛を送ってやる。

同じ部屋だからこそ余計リアルに再現される脳内映像を振り払う。

「じゃあ帰るわ」
「うん。あ、私ね、写真サークル入ることにしたんだ。明日初めての活動なの」
「写真?ああ、なんかお前よく撮ってたもんな」
「パパにちゃんとしたカメラ買ってもらったんだよねー!記念すべき1枚目の被写体にしてあげるから、明日大学で撮らせて」
「してあげるってなんだ。今でもいいんじゃねーの」
「雰囲気でないからだめー。ね、約束!」
「…昼おごれよ」
「えー仕方ないなあ」

とか言って嬉しそうな顔しやがって。

昼飯やめてキスの1つにでも変えるぞこのやろう。

警戒心ゼロの幼なじみの頭に軽くチョップをくらわせて部屋を後にした。