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何度目かの春。


いつか彼と座ったベンチはすでに先客で埋まっていた。

他のベンチも桜が満開となった今では空席は見当たらない。

それどころか見渡す限りに溢れるお花見客。

あんなに孤独だったこの場所が今はとても賑やかで、私もそうであれと願う。


風になびかないようにと髪を耳にかけようとした拍子に落ちてしまったイヤリング。

それを拾い上げようとしたとき、視界いっぱいに広がる土に一滴の雫がこぼれ落ちた。


土埃を被ったスニーカーが視線の端に移り、


「初めまして」


その言葉とともに桜の花弁が降って来た。


ゆっくりと立ち上がり、耳に一筋の髪をかけ一呼吸置いた後、勿体ぶって顔を上げる。

栗色の髪は太陽を浴びて透けて見え、この光景を美しく映える。

私の顔を認めると、その茶色の瞳を細めてみせた。

瞳は綺麗なのに。

この人は、何年経っても捻くれてるんだろうな。



「こんにちは」


私は、存分にお互いを見つめてから口を開いた。そして続ける。


「今、春だよ?」


「毎年消えるわけじゃないから」


ずっと、消えてたくせに。
春の桜が嫌だって、小学生みたいな理由で消えていたくせに。