「ここ、春になると桜が綺麗なの知ってる?」


あと一ヶ月も経てば、ここが有名な桜の名所となることを思い出して彼に告げた。


「綺麗な桜なら、きっとどこでだって見ることが出来る」


「うん、そうだね」


人工的に作られたクローンの桜が満面に咲くと、綺麗だ綺麗だと人が集まる。

同じ遺伝子を持つ桜は示し合わせて一斉に咲き、一斉に散っていく。みんな同時に生まれて生きて死ぬ。

と、彼が前に教えてくれた。
そんな桜はつまらないとも彼は言った。個性がないって。

彼は春になると、花粉症なわけではないのに外に出たくなくなるらしい。多分春に消えるのはそのことも影響しているんだろう。


私は春の桜がとても好きだけど。



「なあ。初めまして、とさようなら。どっちが好き?」


突然、彼の弾んだ声が聞こえる。

また始まった、彼お得意の二択問題。
次から次へと話題が移り変わるのも彼の得意技だったりする。


「私は、こんにちはとまた明日が好き」


「選択肢にないものは不正解」


そんなこと言って、本当は正解が嫌いなくせに。二つの中からどちらかを選らべば不服そうな顔をするくせに。


彼は捻くれて、いつも別な答えを探してる。
今だって私の答えに満足気に頰が緩んでいること、ちゃんと気づいているんだからね。


例えば小学生が日記を書いたとして、それがよくかけていたら先生から花丸をもらえる。ときには蝶々なんかも描いてくれたりして。

でも彼が欲しいのは花丸じゃない。

きっと、先生から返ってくる手書きのメッセージが欲しかったんだ。


彼の中には元々正解なんてもの、存在していない。