「ふふ、驚いた?」


先ほどわたしに声をかけたのより、ワントーン高めの声を出して、「彼」は言った。


「私、こんなだからさ。公園で一人、しかも女の子が泣いてたら放っておけないんだよね。」


予想外のことに、わたしの緊張はまわりまわってほぐれてしまった。
そして、気が抜けたからか、わたしの目からはぽろぽろと涙があふれ出た。


「あら、あらら。どうしよう。」


わたわたと慌てだす「彼」に、わたしは首を振った。

「いや、大丈夫です。ごめんなさい急に泣いて。」

けれど、一度あふれた涙はしばらく止まらなくて、わたしはその日落ち込んだ原因以外にも、いろいろなことを思い出して泣いていた。


「彼」に、言葉を投げかけながら。


わたしの支離滅裂な話を聞き終わった後、「彼」は、「へえ」とうなずいた。

「君は、変わりたいと思うのかい?」

その一言に、わたしは躊躇いなく首を縦に振った。

「じゃあ、これをあげよう」
「彼」は鞄からごそごそと薬局の黄色い袋を取り出して、わたしにくれた。

「これは?」
受け取ってから尋ねると、開けてごらん、と優しい声音で一言。
ビニールから取り出し中の紙袋を開くと、出てきたのは、
「魔法のコンパクト?」
わたしの母親世代が小さいころにやっていたアニメをモチーフにした、コンパクトだった。

少女趣味で、どこか現実離れしているそれは、わたしの気分を少し高揚させた。


「そのコンパクトを開いて、鏡を見ながら念じると、なりたい自分になれるんだ。」


「彼」は柔和な笑みを浮かべたまま言った。
「変わりたいと思ったときに、それを開いてごらん。大丈夫、絶対なれる。私がその証拠だよ。」


「彼」は花壇から立ち上がると、わたしに一つ、ウインクをして、あっという間に去ってしまった。


わたしは惚けてお礼を言うこともできないまま、強くそのコンパクトを握りしめて、「彼」が言ってしまった方を眺めていた。