黒き魔物にくちづけを


「ひっ……!」

それを見ていた何人かは、すっかり怖気づいてしまったようで、武器を落として逃げ出していく。魔物はそれをちらりと見たが、丸腰の彼らを追おうとはしなかった。

「……うおおおおお!魔物め!」

逃げ出したのは全員ではない。残った男たちは、ある者は手にした剣を闇雲に振り回して魔物に向い、ある者は猟銃をめちゃくちゃに乱発し始めた。

魔物はその攻撃をよけようとはしなかった。むしろそちらへ突っ込んでいって、剣がささろうとも構わずに体当たりをかます。

エレノアは見ていることしか出来なかった。魔物が傷を作りながら、向かってくる男達を薙ぎ払う様子をただ見つめた。

「うわあ……っ!」

弾切れを起こしたらしい銃を持った男が、魔物に跳ね飛ばされて情けない声をあげた。すっかり戦意を失ってしまったようで、彼は何度も転びながら後ずさっている。

瞬く間に、立ち上がっている男は数名になっていた。脚をやられて立ち上がれない者、気を失っているらしい者、戦意を失って怯えたように縮こまる者が、そこらに転がっている。

グアアアアアア、と、魔物が鳴く。そのあまりに獣じみた咆哮に、男達が情けない声をあげた。

(……何だか、様子がおかしい?)

ただ一人、離れているところから見ていたエレノアだけは、彼の様子がどこかおかしいことに気がついていた。

どこが違うか、と言われれば……目だ。それは、獣の瞳だった。ぎらりと光るそれはあまりに獰猛で、攻撃的で、狂気じみていた。攻撃もはじめの頃よりも執拗なものになっている。

何かがおかしい、と彼女は感じる。同じ人間だろうと彼らが痛めつけられることに特別な感情は芽生えない彼女であるけれど、戦いはじめの頃の、逃げ出した者を追おうとはしなかった彼とは余りに様子が違うようで、それが気がかりだった。