黒き魔物にくちづけを


「火薬の匂いがする……これは」

呟きながら、魔物の表情はいよいよ険しいものへと変わっていた。彼はその表情のまま彼女へと向き直ると、緊迫した様子で口を開いた。

「エレノア、しばらく隠れていろ。茂みの中へでも入ってじっとしているのが良い。今動くのは危険だ……人間が来る」

「え」

彼女は思わず目を見開く。けれど何か言う暇もなく、魔物は彼女の背をぐいぐい押して、木の影になっている茂みに向かわせた。

「ちょっと待って、あなたは」

「出てくるな。良いな」

彼女を茂みに押し込みながらそう言うや否や、魔物は姿を変えて、山のように大きな身体の獣となる。翼を悠然と広げて構えた彼は、道の真ん中へ一歩で戻ると、低く長い唸り声をあげた。

突然背の高い草むらに放り込まれた彼女は目を白黒させながら外へ出ようとした。けれど、続いて響いてきた声にその動きを止める。

「いたぞ!あれだ!」

──間違いない。今度こそ、はっきりと聞こえた。どうやら、やりとりをしている間に招かれざる来訪者たちはこちらへと近付いていたらしい。今出ていったらまずい、と、彼女は身体を硬くして、魔物に言われた通り茂みの奥へと身を隠した。

葉の間からこっそりと様子を窺うと、それはやはり人間だった。どこかの町からやってきたのだろうか、いずれも武装した男達で、人数は十数名といったところだった。魔物に向かって、手にした武器──剣や矢、銃を構えながら近付いてきている。

(鹿や兎目当ての猟師……というわけじゃなさそうね。まさか、魔物を狩りに……!?)

魔物が目的だったというような口ぶりを思い出しながら、彼女は考える。その証拠に、彼らは魔物に出会っても怯んだ様子が無かった。むしろ嬉々とした様子で、彼と向かい合っている。

けれど、黙ってやられるような魔物ではなかった。彼は体勢を低くしていつでも飛びかかれるような体勢をとり、翼を目一杯広げて威嚇するような姿勢をとっていた。

グウウウウ、という唸り声が響く。地を這うような音に、さしもの男達も怯んだように歩みを止めた。それと同時に魔物が強く地面を蹴って、人間達の前へと大きく踏み出す。

「ひっ……!」

翼を目一杯広げた巨体が迫ってくる様は恐ろしかったのだろう。何人かの男達は聞き苦しい悲鳴をあげて数歩後ずさる。

それを見た魔物が、もう一度唸り声をあげる。そして、また一歩男達へと向かっていく。

一歩、また一歩。勇み足だったはずの男達は、気圧されたように後退の一途を辿っていた。