二人揃って不思議そうな顔で振り返って、互いの顔をまじまじと見つめる。エレノアは屋敷の方向を指さした。

「どこ……って、帰るんじゃないの?」

「……いや」

エレノアの返答を聞いた魔物は首を横に振って否定する。そして、森の奥を示しながら続けた。

「散策がしたかったんだろう?奥まで行かなくていいのか?」

つまり、付き合ってくれるということか。思わぬ答えに、エレノアは目を丸くした。

「えっ……そりゃ、行きたかったけど、その、人間がふらふら奥まで行っていいの?」

わざわざ追ってきたほどだし、てっきりあまり奥には行って欲しくないのだろうと思っていたのだ。彼は魔物が他にも住んでいると言っていたし、それぞれの縄張りもあるだろうから、そう気軽に足を踏み入れてはいけないのだろう、と。

目を丸くして尋ねたエレノアに、魔物はあっさり頷いて見せた。

「別に構わない。お前が俺のところに住んでいるというのはもう知られているだろうし、もしお前が一人でいたとしても襲われることはまず無いだろうからな」

「……そう、なの?」

当たり前のようにそう答えた魔物に、彼女は今更のように、彼がこの森でかなりの影響力をもつ魔物なのだと理解する。でなければ、こんな風には言えないはずだ。

「で、どうするんだ?行くのか?」

再度の問いかけに、今度はエレノアは迷わなかった。

「もちろん。行くわ。行きたい」

「だろうと思った」

魔物はふっと表情を和らげてそう言うと、マントの合間から手のひらをこちらに差し出した。

「……?」

一体何の手だと首を傾げかけて、それからようやく自分のために差し伸べられた手だと理解する。彼女は一瞬躊躇ってから、その手に自分のものを重ねた。

黒い鱗がところどころに混じった魔物の手は、エレノアのそれよりも一回り大きくて、温かかった。