黒き魔物にくちづけを


屋敷中、いやもしかしたら屋敷の外まで届くかもしれない大声で、どこか嬉しそうにカラスは叫んだ。

「い、いや待て!違う!誤解だ!」

勢いよく起き上がった魔物が必死に訴えているものの、興奮した様子で飛び回るカラスは全く聞き耳をもたない様子で手が早いと繰り返しながら飛び回っている。

「いやだから!誤解だ!」

「てがはやーい!きゃー!!」

「……」

一人と一匹、もしくは二匹のやりとりを眺めながら、朝から騒がしいものだと彼女は思う。まだ一晩しか経っていないのだが、この騒がしさに慣れつつある自分に彼女は気付いた。

「……確かに手が早かったわ」

「は!?お前まで何を……!?」

段々可笑しくなってきた彼女も、つい加勢する。面食らった顔で振り返った魔物の表情がさらに面白くて、堪えきれず彼女は吹き出した。

「ふ、ふふ。だってあなた、いきなり手を掴んできて、引っ張って離さないんだもの。あはは、手が早い、まさにその通りよ、あっという間だったわ」

昨夜の様子を思い出しつつ言うと、記憶は無いものの何をしたのかうっすら察しているらしい彼はどんどんきまりが悪そうな表情になっていく。昨夜の様子とあまりに違うそれがどうにも面白くて、彼女はさらに笑いを漏らした。

「い、いや、それは……」

「やっぱりー!!かしら、やりて!」

エレノアの言葉を聞いて、カラスはさらに嬉しそうに叫びだす。それを受けて、魔物が誤解だと主張し。

……二人と一匹、もしくは一人と二匹は、それからもしばらく寝室で騒いだのだった。



***



「かしらー!みてー!」

朝の騒動が落ち着いて、しばらく経った頃。

エレノアが昨日に引き続き屋敷の探索と掃除を行い、部屋の中から発見した宝石箱を開けてみようとしていた時のことだ。どこかへ行っていたらしいカラスが騒ぎながら窓から飛び込んできた。