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びくり、と、どこか近いところで、何かが震えるのを感じた。
彼女の身体にはっきりと伝わったそれは、浅いところをさまよっていた意識を呼び覚ます。水面に顔を出すように、彼女は覚醒した。
「……」
「……」
ぱちりと目を開けてはじめて見えたのは、あぜんと見開かれた銀の瞳である。その美しい色彩に一瞬見とれかけ、そのすぐあとに、昨夜の出来事を思い出した。
どうやら、魔物の腕の中であのまま夜を明かしてしまったらしい。
「……おはよう。寝覚めはどう?」
とりあえず、彼女は魔物を見上げて問いかけた。彼女が目覚めてからずっと硬直していた彼は、声をかけられたことでようやく反応を見せた。
「へあっ?あ……ああ」
第一声は、いっそ憐れに思えてくるほど裏返っていた。思わず吹き出しそうになりながら、けれどもそれはあまりに可哀想かとなんとか引っ込めた。
「今何時かしら?このお屋敷、時計はないの?」
まだ事情が飲み込めていない様子の魔物に、けれど構うことなく彼女は尋ねかけた。起きる時間を気にすることなく目覚めたのなんていつぶりだろうか。それでも、そう寝坊をしたわけではなそうだけど。
魔物から質問の答えは無かった。彼女も別にそれを期待して訊ねたわけでもないので、良いのだが。
「な……」
代わりに魔物が寄越したのは、彼の戸惑いを如実に表した、言葉にすらならない断片。
そのまま見つめ合うこと数秒。まともに思考が動き出したらしい魔物が、ようやく言葉を発した。
「な……、なんで、ここにいる!?」
叫ばれたのは、当然すぎる疑問。それもそのはずだ。彼からしたら、目覚めたと思ったら同じベッドに昨日迎えた生贄の娘がいたというのだから。


