「……はあ。離してちょうだい」
縋るようなそれに何とも言えない気分になりつつ、エレノアは両手を伸ばして無理矢理に指を離そうとする。少々手荒いが、一本一本ぐいぐい離していくしかない。
……と、薬指から人差し指まで離したところでさらに予想外のことが起こった。突如、魔物の手が反転して、今度はエレノアの手首を掴んだのだ。
「え?」
熱い温度に戸惑いの声をあげた刹那、魔物はそれを自らの方へぐいと引き寄せ、さらに寝返りを打つように身体を反転させた。中途半端な体勢だった彼女は抵抗も出来ずに倒れ込む。
「わっと……え?」
気がついたら、魔物の顔が目の前にあった。
柔らかいとは言えない感触に、どうやら魔物が寝返りを打った拍子に彼の上に乗り上げてしまったようだと悟る。まるで自らが馬乗りになっているような体勢に、数秒、思考が停止した。
「……ちょっと」
どうしてこんなことになった。どこぞの誰かを問い詰めたい気分になりながら、エレノアはとりあえずベッドから降りようと身体を動かす。
「……う、う」
けれどこれがどうやら逆効果だったらしい。彼は自らの手の中のものが離れていってしまう感覚に怯えたように、彼女の手をますます強く握りしめる。そしてさらに自分の方へと引き寄せ、同時にもう片方の腕を背中へとまわし──とにかく、結論から言うと、彼女の体を抱きしめるようにしてきたのである。
「…………」
すっかり抱き込まれてしまったエレノアは、一応脱出を試みるもののすぐに諦めて溜め息をついた。もがけがもがくほど、彼はしがみつくようになって腕の力が強まっていくのだ。
彼女が大人しくすると、魔物はもぞもぞと、顔を埋めるように額を寄せてくる。その様子はまるで、何かに怯える子供のようですらあって、エレノアは途端にこのままでいいかと思ってしまった。
「……大丈夫、よ。いるわ」
小さく囁いてやって、彼女は目を閉じる。そうすると、聴覚を満たすものは魔物の息遣いのみとなった。荒々しかったそれは、少しずつ、落ち着いたようにゆっくりになりつつある。
今夜くらいは、このままでいいか。こうすることで、このひとが少しでも、穏やかに眠れるようになるのならば。
エレノアはそんなことを考えながらも、その意識はゆっくりと、微睡みへと沈んでいった。


