「大丈夫」
先程よりも、言葉が届いている──なぜか、そんな風に感じられた。やがて、ぴくりぴくりという震えは翼にも現れ始めた。まだ制御を失ったように暴れてはいるけれど、先ほどのような激しさや鋭さは、ない。
苦しげな呻き声も段々と間隔が空いてきて、走った直後のような激しい息遣いの音が響くようになる。彼女の手のひらの下では、握られた拳からゆっくりと力が抜けていくのがわかった。
「大丈夫、よ」
彼女は繰り返す。まるで、幼子に繰り返すように。よしよしと、夜泣きするわが子をあやすように。
拳から力が抜けたところで、彼女はそれが握りしめていたベッドの縁から指を離してやった。寝ながらあんな風に握りしめていたら、指が固まってしまいそうで。
さらにもう少し待つと、獣の姿になりかけていた翼や背中も徐々に人のそれに戻っていった。
(……落ち着いた、かしら?)
まだ息は荒く、快眠とは言い難い様子ではあるけれど、先ほどのような、まるで悪魔が取り憑いているような激しさはなくなったようである。起こすつもりで来たのだがまあいいか、と、彼女は手を伸ばして乱れていた布団をかけてやる。
ふわ、と欠伸が漏れた。思わぬ大仕事をしてしまったが、そろそろ自分も部屋に戻って眠った方がいい。浅い眠りだとしても、身体は休めた方がいい。
「おやすみ。もう変な夢見るんじゃないわよ」
傍らの魔物にそう声をかけ、彼女は立ち去──ろうとして、困ったことに気がついた。
「…………何、人の服掴んでんのよ」
腰をあげかけた中途半端な体勢のまま、彼女は魔物の手──にいつの間にか掴まれている自らのガウンを見下ろした。
どうやら手を離して布団を直したりしていたときに掴んでいたらしい。先程まで握りしめていたところから指を離させてしまったせいもあるかもしれない。


