「起きて!……起きなさい!」
もはや命令口調になりながら、繰り返す。するとようやく、男に動きがあった。
ううう、と、低く獣のような唸り声をあげながら、彼の手がゆっくりと自らの肩に──そこに触れているエレノアの手に伸びる。次の瞬間、彼女の手首はがしりと捉えられ、気付いた時には、勢いよく払いのけられていた。
「わ!」
いくら眠っていると言えど、魔物の力。彼女は容易く飛ばされて、壁に背中を打ち付けた。さらに翼の攻撃も後押しするように繰り出される。
「いっ……たいわね!」
右足をしたたかに翼に打たれ、彼女は悪態をもらす。そしてまたきっと睨み据えると、すぐに立ち上がって地面を蹴った。
「寝ぼけるのもいい加減にしなさいよね!曲がりなりにも嫁に手を上げるなんて何考えてるのよ!」
聞いてはいないと理解しつつ、やはり痛かったので一人で恨みを吐き出しながら、勢いに任せて先ほどまでいた位置に戻る。そして、彼の顔を覗き込むように、今度は傍らに跪いた。
「……そんな風に、苦しまないで」
ぽつりと呟く。彼の表情は、声は、それほどまでに苦しげで、見ている彼女が、何故か辛くなってくるほどだった。
肩を揺するのが駄目なら、と、エレノアはそっと、節が浮かぶほどに強く、まるで縋るようにふちを握りしめている拳に自分の手のひらを重ねる。もう片方の腕は、少しだけ迷った挙句、まるで抱え込むように頭に添えた。止まない呻きを、どうにか止めてあげたいと思ったから。
「……大丈夫、だから」
まだ苦しげな彼に顔を寄せ、その耳元で、囁くように言う。
思いつきでの、行動だった。うるさくしたのが逆効果だったのかと思ったから、だから、今度は静かに声をかけようと。
「大丈夫、大丈夫よ」
大丈夫、と、まるで呪文のように繰り返す。と、苦しげに寄せられた男の眉根が、ぴくりと動いた。


