「大丈夫?ねえ、入るわよ!」
そう、大きな声で呼びかけると同時に、彼女は勢いよく扉を押し開ける。
見えたのは、物の少ない簡素な部屋。おぼろげな月明かりが照らす床には、やはり羽根やら毛やらが落ちている。そして、奥のベッドがわずかに盛り上がっていて、部屋の主がそこにいることを示していた。──けれど、それが見えたのは一瞬のこと。
扉を開けて顔を覗かせた刹那、彼女は何かに弾かれて、部屋の外へと突き飛ばされていた。
「きゃ!」
ドン、という鈍い音が、静かな屋敷に響く。したたかに尻を打ち付けた彼女は、一拍遅れて状況を理解した。
突き飛ばされた。部屋の中から飛び出してきた、何かに。
それが何なのか──は、顔を上げたらすぐにわかった。開け放たれたままの扉の向こうに、彼女を突き飛ばしたものの正体が見えていたから。
「あれは……翼?」
呆然と、彼女は呟く。そう、彼女をいきなり突き飛ばし、今も激しく蠢きながら、壁や床にぶつかるようにして暴れている黒いそれは、間違いなく、巨大な翼だった。
(あの魔物の……?)
昼間に見た姿を思い出しながら、彼女は首を傾げる。あの時に見た翼は、こんなに凶暴そうではなかったのだけど。
それでも、翼は間違いなく奥のベッドから伸びているものだった。そこを起点として、伸びたり縮んだり天井を弾いたり、暴走を繰り返していた。
「あ……っ!くっ……!」
それと連動するように、苦しげな唸り声も聞こえてくる。その声は、調子こそ違ったものの、昼間に聞いた魔物のもので。
彼が起きている様子はなかった。ということは、悪夢でも見てうなされているのだろうか。
(うなされてる……にしても、派手すぎるんじゃないかしら……!?)
凶悪な刃と化した翼を見上げながら、彼女は思う。あれでは、うかうか近付くことだってできない。
それでも。
「……っ、ぐ……!」
止まない彼の呻き声が、あまりに苦しげだったからだろうか。
「……はあ」
彼女は立ち上がる。そして、変わらずに暴れ続ける黒い翼をきっと睨み据えた。


