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ぱちり、と目を開いた。

夢を見ているという自覚はあったので、起きた瞬間の戸惑いはなかった。ようやく戻ってこれた、という、ほっとした感覚すらあった。

視界に飛び込んでくる景色はまだ暗い。日の出前どころか、真夜中のようであった。眠りについてから、きっとそう長い時間は経っていないだろう。

自分が入っているベッドの感触や、暗い中でおぼろげに見える部屋の輪郭が馴染みのないものであることに違和感を覚えたのは一瞬のこと。すぐに、自分が生贄として【黒の森】へ来て、魔物の嫁として彼の住処に居候することになったのだと思い出す。

森の入口から、魔物の背に乗って飛んで帰ってきたのは昼をまわってからだ。ざっくりと屋敷の案内をされたあと、空いている部屋を自由に自分の寝室にすると良いと言われたので開拓に乗り出した。

外から見たとおり、屋敷はかなり広いようだった。けれど彼らが使っているのはわずか数部屋のみで、ついでに言うとそのどれもが羽根やら獣の毛やらでひどい有様だった。使われていない部屋はそうではないものの、かなり放置されているようで埃やら蜘蛛の巣やらでひどいところばかりだった。とりあえず居間から近い一階の一室を自分の部屋にしようと決めた後は、ひたすら掃除に励んだのであった。

掃除をして確信を得たことは、やはりここには昔人が住んでいたようだということである。それも、かなり裕福な。衣装箪笥に何着かドレスやらが残されていたのだが、そのどれもが古いデザインの、けれど高級そうなものばかりだった。

そんな、人の痕跡のある屋敷に、どうして魔物が住み着いているのか──それを、魔物は語ることは無かった。人がいなくなってから魔物が住み着いたのか、それとも魔物が追い出したのか。考えられるのはどちらかだけど、エレノアは聞くことはしなかった。それを知ることが特に重要だとも思えなかったから。

彼女にとって差し当たり一番大事なことは、ここで暮らしていくために自分の住む環境を整えることであった。

魔物は彼女の行動を黙認しているようだった。エレノアが掃除や洗濯を始め、さらに居間や廊下に散らばる羽根やら毛やらを処分し始めても文句ひとつ言わず、しまいには彼女を放ってどこかへ出かけて行ってしまったくらいだ。好きにしていいと言われたものとして、彼女も遠慮せずにやらせてもらった。

そうして夜になって食事──カラスがとってきた草や果物の中から食べられそうなものを選んでそのまま食べた──を済ませ、なんとか整えた寝床に入ったのだ。まあ、眠りは浅かったようでこうして起きてしまったのだけど。