男は静かに話を聞いていた。うっかり見上げたら、そこに浮かぶ表情が沈痛なものに見えてしまい、エレノアは戸惑った。もしかして、同情されている?……まさか。
心のうちに生まれかけた動揺を追い出して、彼女は毅然と続ける。
「とにかく、人間のいるところに返そうとするのはやめてほしいわ。それだったら、森の中にでも放り出してくれた方がましだもの」
──それか、一思いに殺してくれた方が。
心の中だけでそう付け足すけれど、それは声には出さないでおいた。何となく、この人にこれを言ったらだめな気がしたから。
「……あなたが生贄はいらないというのはわかった。それなら私が差し出せるものは一つもないのだから、私の聞きたいことを教えてくれないことに文句も言わない。無理に生贄を受け取れと言うわけにもいかないもの。魔物はあなたなのだから、受け取らないのもあなたの勝手だわ」
胸の中のもやもやしたものを吐き出して、少し落ち着いてきたエレノアは静かにそう言う。睨みつけるように魔物をまっすぐに見据えたまま、彼女は続ける。
「もし生贄が必要ないと言うのなら、送り返すことなんて必要ないからこのまま放っておいてくれないかしら」
彼女が投げかけた提案に、男は軽く目を見開いた。
「放っておく……って、それは」
「わかっているわ。森の中にはあなた以外にも魔物がいるってことくらい。だからよ。その魔物はあなたのように生贄をいらないだなんて言わないかもしれないし、私の知りたいことも知っているかもしれないわ。私は目的を果たして、食われるなり殺されるなりするつもりよ」
一切の動揺を含まずにそう──殺されるつもりだと言い切ったエレノアに、魔物の方がたじろいだ様子を見せる。
「人間の場所に戻ったところで、生きづらい場所で苦しむだけでいつかは死ぬのよ。森に残る方が、よほど晴れがましく死ねるの」
静かな声できっぱりと、揺らぐことのない意思を告げる。男は瞠目していた。


