「……勝手なこと言わないでよ」
一段低くなったエレノアの声が、響く。
「人間の世界がどんな場所かも知らないくせに、想像だけで好き勝手言わないでもらえるかしら。そんなに居心地のいい場所だったら、そもそも進んで生贄なんかになったりしないわ。人は人のいるところに帰るべき?だったらどうしてその人間が、こんなところにいると思う?」
突然声の調子を荒くして言い募る彼女に、魔物は驚いた様子で口をとざした。
エレノアは構わずに続ける。もう、抑えがきかない状態になってしまっていた。
「教えてあげるわ。人間に追い出されたからよ。自分たちの安泰を願った一部の人間に、自分たちのために死ねと言われたってわけ。あの人たちにとって生贄は人間ではなく、道具か何かなのでしょうね。だから魔物の森へ躊躇いなく差し出せたってわけ。その生贄が町に戻ったとして、どうなるかわかる?役立たずと殺されるか、もう一度森に放り込まれるのが関の山でしょうね」
「……っ、そう、なのか」
彼女の言葉に、魔物は言葉を詰まらせる。彼にとってエレノアの話した内容は思いもよらないものだったのだろう。動揺がありありと見て取れた。
「私の状態を見て何も思わない?どうしてこの服がここまでボロボロだと思う?両腕を縛られて崖から落とされたからよ。運良く枝に引っかかったから良かったものの、地面に叩きつけられていたら死んでいたかもしれないわ。そんなことをした人間の元へ帰ることが、幸せだというの?……笑わせないでちょうだい」
エレノアの、色々なものへの怒りを抑えつけた冷たい声が、辺りに響きわたる。
よく見れば、そこはちょうどエレノアや他の供物が落ちた場所に近かった。落ちた衝撃で粉々になった無残なリヤカーを見つめて、魔物は何とも言えない表情を浮かべる。
「あの町以外の場所へ行ったとしても、私の場合は大して状況は変わらないでしょうね。私の目の色、わかるでしょう?この黒はね、すごく不吉な色なの。何よりもね。だからどこへ行ったって私は化け物扱い。今までに殺されかけたことだってあったわ。……森へ来たのは、人間に嫌気がさしたからでもあるわ」
「……そう、か」


