(……何を考えているのかしら。相手は、私をどうするかもわからない魔物なのに)
いっそ、凍えるほどの体温であったら良かったのに、と彼女は考えた。もしくは、一目で魔物とわかるくらいの恐ろしい外見であったら。そうであれば、こんなふうに妙に戸惑うことなんて、起こりえなかったはずなのに。
こっそりと溜め息をつく。ふと顔を上げて見ると、切れ間なく続いていた緑色の景色に、他の色が見えるようになっていた。あれは恐らく、彼女がもといた町だろう。
(……戻ってきてしまったわけね)
願わくはもう二度と見たくなかった景色に、内心で舌打ちをする。それと重なるように、男とカラスが動いた。
「おとすヨー」
「ああ」
短いやりとりを交わしたあと、宣言通り、カラスはエレノアを抱えた男を──落とした。
「え……!」
今日は何度落ちれば済むんだろう!不本意ながらもすっかり覚えてしまった、胃の底が浮くような不快な感覚にぎゅっと目を瞑る。来たる衝撃に備え、少なくとも下敷きになることはごめんだと目の前の黒い布にしがみついて──トスッ、と、呆気ないくらい軽い衝撃に、軽い混乱を覚えた。
「着いたぞ」
平静そのものの声に促されて、エレノアは恐る恐る瞼を開く。そこは空中ではなく地面の上で、男はたった今空から落とされたなんて嘘のように平然と立っていた。
(膝すらついてないなんて……!)
相手は魔物なのだから、そのくらい普通なのかもしれないけれど、あまりに楽々と着地されていることに驚いた。当の男といえば、エレノアの反応には気がついてないように口を開いた。
「立てるか?」
「え、ええ。ありがとう」
反射のように頷くと、彼はそうかと頷いて、彼女を丁寧に立たせてくれる。最後に手を離されて、ようやく彼女は自由の身となった。


