彼が、エレノアを抱き上げているのと反対側の手で肩に食いこむ爪を器用に外してやると、彼女は全体重を彼に支えられている形になった。
「痛くはないか」
空いている方の手でカラスの足を掴みながら、気遣うように男は問うてくる。その声が思いのほか間近に感じられて、ほんの少し、動揺した。
「え……ええ。大丈夫。……あの、重くない?」
思わずうわずってしまった声は気にしないことにしつつ、ただ抱えてもらうのも申し訳なくなってそう訊ねた。が、彼はふっと小さく笑いをもらした。
「まあ、俺が普通の人間だったら、少しは疲れるだろうな」
その言葉は、彼にとってこの体勢が何ら苦痛になっていないことと同時に、彼が人ならざるものだということを雄弁にあらわしていた。
そうだ、この男は、人間ではない。彼女は今更のように思い出す。容姿だけでなく、表情や言動なんかも人間らしいから、ともすると忘れてしまいそうになるけれど。
この距離でよく見てみると、人間らしくない点はいくつでも見つかった。カラスの足を掴む手や、首の右側あたりはびっしりと黒い鱗で埋まっているし、生えている爪は肉食獣のように鋭い。何より、彼女を見下ろす銀色の瞳の瞳孔は、あまりにも人間のそれと違った。彼の瞳孔は、細い直線が花のように組み合わさった複雑な形をしていたのだ。
「あと少しだ。じっとしていてくれ」
じっと己を見つめる彼女に構わずら男は会話を打ち切るように淡々とそう告げる。エレノアも、先ほど舌を噛んだことを思い出して、それ以上話を続けようとはせずこくりと頷いた。
(……温度は、人と変わらないくらいなのね)
抱えられているところから伝う温度は、彼女自身より少し高いくらいだ。こうしていると、包まれているような安心感すら拾ってしまう。
こんなふうにされるのはいつ以来か──そう考えかけて、彼女はそんな記憶はないのだと思い直す。エレノアの記憶は、彼女が孤独になった日から始まっている。それより前にはもしかしたらあったのかもしれないが、少なくとも鮮明に思い出せる全ての記憶の中で、このように人の温もりに触れたことはなかった。
温もりだけではない。痛くないかと気遣われることだって、生まれて初めてというわけでもないけれど、慣れているとは言い難いことで。


